ひらいて
歌をうたへ
悲しいことは沢山ある、
あんなに人生の闘ひに
勇敢であつた友が
剽盗に成り下つたり、
泡盛をのんで
壁に頭をぶつつけてゐたり、
アクロバチックダンスのやうに
身をもだえて
苦しさうな小説を書いてゐたり、
でも人生とは
そんなリアリズムではない筈だ、
愛とは野火のやうに
どこまで延焼的なものではなかつたか
たよりない、暗黒な悲哀の
日常に
私にはどこにも
もたれかゝるものがないのに
しきりに人々は
もたれかゝらうとしてゐるのだ、
もう立つてゐることが
できないのか
可哀さうだよ、
休息をしたいのか、
地面に倒れるだけが
お前にとつて休息だと
いふことを知らないのか、
私は私の窓と
お前の犬とのために
かうして歌をうたつてゐるのだ、
私の窓はひらかれた
痲痺剤の容器のやうに、
お前の頭はだんだんと
うなだれてゆくのを
私は見るに堪へないから
私は歌ふのだ。


銀座

夜の街よ、
ネオンサインよ、
淫猥なばかりで
さつぱりお前は美しくない
都会の共同便所よ、
立派な建て方だ
掘割の水の上を油が辷つて流れてゆく
他人様の妻君の美しさよ、
眼にうつるもの
ひとつとして私を
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