つてくる
前のものはお前の生きた肉体で
後のものであつたら父親のものでも
母親のものでもない「自然」のものだ、
愛は過度の悲しみの中では溺れるばかりだから、
人々はいつまでも悲しむことをしないだらう、
苦い運命が国民に見守られてゐる
生命が人々の前を素早く横切ると
つゞいて黒い猫が電気より早く駈けぬける
時が生命の影を捉へようと
追ひかけてゐるかのやうに――、
歴史もなく、自由もなく
たゞ眠りと食事と
前へ歩るきだすことゝ
急に駈け出すことゝ
にぶく反響する音と、人間の叫びのみ、
破廉恥な叫喚によつて
暁の花は目ざめ
無気味な沈黙によつて
山は眠りに陥る
獣は爪の長いことゝ
牙の鋭いことを競ひ合ふために
夜となく昼となくこの辺りを彷徨する
息子をのせた黒い夢も彷徨する
人にむかつても、自然にむかつても、
また政治にむかつても等しくその黒い祈り、
灰色の歌によつて行手は満たされてゐる、
不用意に朝は明け放された
こゝに父親は坐つてゐる
そのとき息子は遠くを歩るいてゐる
母親は意味もききとれないことを呟いてゐる
やがて息子が元気に
帰つてくる日を想像してゐるのだらう、
歴史の附添人が
黒い
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