マントを着た息子と一緒に
親達の戸口にやつてきた
そして附添人は去つてしまつた、
「あゝ、待つてゐた息子が帰つて来た――」
両親はさう叫んで抱擁した
だがマントの中には息子の体がなかつた
息子でなく、夢の枕も捨てゝきた、
しよんぼりと立つてゐるのは
黒いマントであつた、
平安と喜悦の一瞬間は風が運び去り
不安と悲哀とがいり《ママ》替りにやつてきた、
遠い運命を、あまりにまざまざと
人々の近くにそれを見た。
暗い恥知らずな運命
いつから泣くことを忘れたのか
恥知らずな運命が
いつも私の生活の巡りを
うろうろしてゐて
時折悪い犬のやうに
現はれては
私に噛みついて逃げていつてしまふ、
そのとき心から悲しみ泣いた、
だんだんと悪い運命と
こいつの廻しものを
憎むやうになつてから
私は悲しまなくなつてしまつた
いまでは素晴らしく
豪侈に憤ることを
楽しみにし始めた、
天井から飾燈《シヤンデリヤ》が音響たかく
硝子の破片を散らして
落るときのやうに
私は怒りたい、
それは美しい瞬間で
眼をうばふほどのものだ
暗い恥知らずの運命よ、
もうお前は私に
勝つことが出来ない
私は思想に
落下する重
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