遊びをやつてゐるとき
どんなに君が酒臭い呼吸を
私の顔に吹つかけようとも――、
君は自分の思想を、夜の暗黒に手渡した
昨夜も、今晩も、都会の舗道にぶつ倒れ
滅びてゆく地球を
いたはるやうに体で温めてゐる、
しかし君の体が全く冷えきつたとしても
地球が滅びるやうなことはないだらう。


星の光りのやうに

信じがたい程
暗い、暗い、空のもとに
我等は生活してゐる、
暗黒と名づけようか、
この夜の連続的なふかさを――、

だがこの空の星の
光りやうを君は見落してはいけない、
空が暗ければ
星は光るんだ、
われらの意志のやうな
微妙な強さで
この空のものと
地上のわれらと交驩しよう、
星と人との
よろこびあひに
立会ふものは誰もゐない、
だが星や人間は
そのことを知つてゐる、
人間の皮膚の色に
艶がでたり、色がさしたり
若さから老に移つてゆくやうに、
星もまた若さから
老いてゆくであらうことを、
ただ星はそのために
一瞬間でも
光るのを停めただらうか、
ああ、我々の若さから
闘ひの移りゆく一瞬間にも
われらはたたかひの
意志の光を停めていゝだらうか、
ゆるしがたいことは――
あらゆる地上のものを
汚辱することだ
行為の光芒を
さへぎるものはないだらう
若い自由な
意志の伝達を
地上にをいて
星の光りのやうにすばやく行はう。


腐つた葡萄

腸の腐つた男の
垂れながしのやうに長い小説は
こんこんと眠る病人の読者のために書かれ
雑誌に掲載される
そしてこの読者に与へる読物は
口からでなく眼から
この汚れた文章は注ぎこまれる
石炭酸をぶちかけても
到底死滅しさうもない菌だらけの
空想の充満された頭で
でつちあげた嘘だらけの物語
民衆へ過度の痙攣を与へるために
存在するところの、お前芸術家よ
お前の嘔吐をもつて糊づけされた著作物
不遜にも表紙には金の星をちりばめ刷られたりして
この罰当りの真理とはおよそ
縁のないところの不摂生な
気取つた淫蕩男の体験を
富豪との情事に置きかへて
ながながと書かれた物語
貧困の者たちの喧騒の中へ
いかにもこれらの貧しきものの味方づらして
のこのことでかけてゆく偽良心家
他人を圧殺することで
そのものの屍体の上に
自分の棺を乗りつけて勝利を叫ぶ
赤ん坊の快楽を表現した鬚だらけの大人
文壇の駈け廻り者
政治家が好きでソファーを賞める心情を
そつとかくしてテーブルスピーチをやる輩
他人の死ぬのを見にでかける
図々しい果の知らない無神経野郎
委嘱されて材料をとりに
嬉しがつて農村まで飛んでゆく
もつとも政策にかなつた使ひ走り文士
いまこそ諷刺と称する
雑巾でせつせとこ奴等のツラを
拭つてやる番がやつてきたのだ
古い腐つた脊髄をもつて
辛うじて作品の五体を突立てゝゐる
執念ぶかい命根性の汚ない奴に
いちばん太い針で注射をしてやれ
彼等を蘇生させるためでなく
不真実をすみやかに溶かすために刺すのだ
若い吾が友、青年たちよ
鉄の羊として育てられたものよ
君等の世界には青草がある
陽と月と二つの目は君等のものだ
しづかに回転する時の瞳孔
何ものをも見透す強い視線は君のものだ
悪霊よりも魔女よりも
もつと神通力を発揮して
腐つた葡萄が汚ならしい鈴のやうになつてゐる
古い文学の樹を枯らさう


心の城崩れるとき

けふ城壁は祭壇となつて
一夜にして鮮かな赤い絨毯は壁にかけられ
白い新しい造花は供へられた
重い鎖が強く空中に引かれたとき
こゝの容子が一度に変つたのだ、
叫びは去つた、平安な夜の歌が城壁の上からきこえてくる、
みおろせば涯《ママ》かに病める庭
点々として煙のたちあがる穴、
私はこゝから哀悼する
火星が救ひに来る日まで
かくしていたるところの城壁は崩れ
自由の路は荒廃した、
たゞ読経者の職業的な
声が遠くから聞えてきた、
こゝで悔なく人々は戦つた
戦ふことに依つてすべてが終るかのやうに
狂気と酩酊とで
太陽が乱視の光線を放ち
地を掃きまはつた
黒い影が壁に殺到し
一方の影が一方の影を壁の後につき落した
瞬間に行はれた遊びは
沈痛な歌をもつて始まり
鈍重な叫びをもつて終りをつげた、
さらに歌は始まり、
叫びはつづく、
次の壁にむかつて鉄は祈りの声をあげ
火と呪ひの眼をしばたたく
心の城崩れるとき
一時に天は明るくなり
地の明るさの中に引きこまれる。


夜の床の歌

われらの希望は微塵に打砕かれた
太陽、もうお前も信じられない、
月、お前は雲の間を軽忽に走り去る。
すべてのものは狂犬の唾液に
ひたされたパンを喰ふ、
胸騒ぎは静まらない、
強い酒のためにも酔はない、
あゝ、彼等は立派な歴史をつくるために
白い紙の上に朱をもつて乱暴に書きなぐる、
数千年後の物語りの中の
一人物として私は棺に押し込められる
私はしかしそこで
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