中の
鯉のものうい動きを
煙草を吸ひながらみてゐる
私は前後左右を
たくさんの人にとり囲まれてゐる
この人たちはかならず
買物にきてゐる人でもない
私と同じに鯉をながめたり
噴水の水玉のあがるのをみてゐたりして
ぼんやりと時を労費してゐる
カナリヤの夫婦がキスをしてゐれば
靴下をはかない女の人も通つてゆく
私はそれからフラフラと
地下鉄に降りてゆく
不潔な煙筒に
入りこんだやうな不快感、
粉砕するやうな
音響をたてゝ
突入してくる電車、
眼を射る実験室的な
青い落下光線
幽霊が手で押して締めてゐる
ドアーヱンヂン、
赤子のやうに鳴る警笛、
ぼんやりと立つ
私はたいへん疲れてゐるやうだ
一九四〇年代の倦怠であらう
闘はざる勇士にも
ときには疲労も
襲つてくるであらう


夜の十字路

喜びいさんで節電す
明るさよりも
暗さに馴れる
国民の心がけ
ネオンは消され
夜の街
人々の享楽も影をひそめ
影のみ日増に濃くなる
うろつくものは
人か影か
陥ちこむ穴
地下鉄電車の入り口
ふいに砕けて眼を射るのは
電車のスパーク
青はよし
ニヒリストの心
ピイと口笛吹いて
私は呼んだ
私の子犬を、
私の影
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