人々の
寝息にも似た静かな話し声
ただこゝに酔ひと怒りとに
永遠を信じ、未来を信じ、
あすの日はたやすく敵にあけわたす城を
はげしくこばむ人々も絶えはしない
信ぜよ、夜の暗さの中に
眼をかがやかし冴えたる心をもつて
明日をまつ夜の霊のあることを


月下逍遙

夜露にぬれた路をとをつた
月は高くのぼり
孤独な丸さをもつて
人間界との距離をつくらうと
懸命な狡猾さで光り
その月は幾代も前から伝はる柩のやうで
すこしの新鮮味も感じない
私はその時かう思つた、
私は私の生活を一番よく知つてゐる、
神聖なものではない
醜い藁でつくられた巣のやうな生活
窓から月をながめるときも
純粋にはみることができない
打算的な眼光がそれに加はつた
この世には純粋無垢などといふものはない
それでも私はそれに近い生活をのぞんでゐる
混乱と苦痛との幾日
月夜はつづき
私はのべつまくなしに
人間の死といふことを考へつづけながら
夜となれば郊外を逍遥[*「逍遥」は原文では「ぎょうにんべん+尚、ぎょうにんべん+羊」]する
光つた道路よ
混睡状態にある私は
平坦な路も
坂を登るやうな心の苦痛で
路いつぱいに照してゐる月に
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