ばかり、
こゝで夜、車はとまり、人は眠る、
地上に眠むるものゝ背は痛み
寝返りをうつたびに
風は怒りの声を耳の傍でさゝやく
土が眠るものを冷めたく庇護するとき
心は眠るものを熱く愛す、
こゝに放逐者が寝息をたてゝゐる、
白々しい怒号によつて
人々は再び暁を迎へ、出発する、
鉄の魔女を乗せた車を
人々は守りながら
汗をかきつゝすゝむ、
魔女は車の上で地団駄ふんで
指さす方に車を進ませやうとしてゐる、
哀れな従者を従へて
自由を泥《どろ》に射《う》ちこむために
真黒い情熱的な叫びをあげつゝ
眼の前の丘陵を目ざしてすゝむ。
私と犬とは待つてゐた
ものゝ響いてくるのを
きくことは楽しい
夜は改札口で
私はレールが鳴るのをきゝながら
ぼんやりと人々の乗り降りするのをみてゐた、
一匹の小犬がゐて
そはそはと歩るきながら
降りてくる主人を待つてゐるやうであつた
ながい時間はたつたが
私も犬もそこを去らない
私はたしかに何ものかゞ
やつてくるのを待つてゐるやうだ、
青い信号燈が赤くかはつたり
赤いのが白くなつたり
くりかへす
でも私の待つてゐるものは来ない
これは汽車にのつて
やつてくるものではないからだらう、
ことによつたら汽車のとまつたときに
やつてくるものかも知れない、
――さあ帰つて眠らう
私は傍をふりかへると
おかしなことには
小犬は眼を真赤にして
待つてゐる主人が来ないので泣いてゐるのだ
私は犬の求めるもののためにも、
滑稽で純情なこ奴のためにも、
不幸は早く去つて
幸福が早く来るやうに
ねがつてやつた
自然偶感
風はしつきりなしに硝子戸をうちたゝく
雲は人々の生活の
頭上を走りまはる
花の開いたのは
花が怒つたときであつた
彼女は甘い蜜を蝶に引き渡すために
花を開きなどはしなかつた
蝶! あついは泥棒でしかない
水は下流にむかつて
その喜びに似た白い泡立ちをたてる
その泡立の痕跡はすばやくて捉へがたい
通りすぎるものよ
開くものよ
流されるものよ
閉ぢるものよ
人は街に群れ、
ひそひそと語る
森は騒ぐ
花開く怒り
水流れる喜び
悠久として真実は
騒がしい捉へ難い早さで走つてゆく。
生活の支柱
暁は山と山との間へ色づいた雲を
茜色にひろげる
あなたと私との激しい生活の中から
堪へ難い苦しみを
ひとつひとつはぎとり
精神の暁を
わたしはいま眼の前にみた
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