すぼめ
とほくに強い視線をはなしながら
暗黒から幸福を探らうとしたとき
瞬間の雨の音のなんといふ激しさ、

心の船はまだ沈まないのか
さからふもの、私の彼方にあるもの
お前波よ、私の船をもち運ぶだけで
お前は、遂に私を沈めることができなかつた、
雨の日も、嵐の日も、晴れた日も、
私の船は、ただ熱心に漂泊する
私の心のさすらひは
いかなる相手も沈めることができない、
私の静かな呼吸よ、

地球に落ちてくる雨、
小さな心を防ぐ、大きな洋傘、
豪雨の中に
しばらくは茫然とたちつくして
私は雨の糸にとりかこまれた、
あたゝかい肉体、
生きるものゝ、さまよふ場所の
なんといふ無限の広さだらう
暗黒の空の背後には
星を実らした樹の林があるにちがひない
それを信じることは、私のもの
黒い洋傘の中は、私のもの、


交叉点

私は他人のためにも自分のためにも不安になつてゐる、
すべての人々は生命の延長と
死の接近との交叉点にたつてゐる
それは一つの肉体で
二つのものを果たさなければならない悩みだ、

立ち去らない不安
それは立ち去らない生命のことだ、
まだやつてこない悲しみと
喜びのために焦らだつのだ、
人々の肉体とそれを取巻く外界との
意地の悪い物理的な圧力の争ひを
けふも私は街でみたのだ、
私はそれをみて頭痛を病んで街をさまよつた
吸引の強いポンプが
人々の肉体と心から水分のことごとくを掻きだし
そのはげしい高い響を
省線ガードの傍で
夜となく昼となく
スチームハンマーのやうに聞いた、

いまは残されたものは生命だけだ、
それをもち運ぶものは肉体であつた、
取り去ることのできない生命の凝結、
さらば私よ、いつかは滅べ
時が生みだした私生子よ、
お前人間の肉体と生命よ、


地球の中にもう一つ私の地球がある

私は地獄に陥ちたのだと
人々に噂されてゐる
ほんとうだ私は救ひ難い奴だ、
救ひ難いところへもグングンと這入りこむ
私は乱暴で、奇怪な、感情をもつてゐる
私はそしてあらあらしい風のやうな呼吸をする。
だが、さまよふ私の心は誰も知らない
私は野原を行くが、
自然の野の中に、もうひとつ私の野をもつてゐる、
私は町をあるくが、
人々の町の外に、もうひとつ私の町をもつてゐる、
あゝ、地球の中にもうひとつの私の地球をもつてゐる、
人々は私の孤独を、私の地獄と呼んでゐる
近よりがたい敬遠
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