の前には
しきみの葉を挿し
線香の煙立ちのぼる

大馬鹿者、墓の林の中を女と散歩す、
心はいさゝかも鬼とはなれず
青春の蕩児のやうに
枯葉を蹴飛ばしながら
新しき運命のために
手さぐりでゆく盲人の散歩のごとし
一つの墓石をはぎ起せば
そこに幸福に通ずる道もあらう、
あゝ、しかし今は
幸福と不幸との境目に立つて
静かに時の到るのを待つばかり
雲足は早く
風は冷めたく
墓場に添ふ石垣の傍で
ルンペン達が焚いてる炭俵の火の
仲間にいれてもらふ
手をかざし、焔を靴をもつて蹴る
――人生に暖きものは、火か、
恋愛の尽きたるところに墓あり
墓の尽きたるところに火ありか
大馬鹿者墓場を出で、
その感がふかい。


駅構内

どんなにいそいだとて
道はいそがれない
先づ落着いて
ゆつくり歩るく
私の散歩は行手よりも
あたり見ること忙がしく
とかく鬱陶しい旅でござる
夕暮れともなれば
鐘が鳴る
一つの鐘を中心に
六つの鐘の音が入り乱れる
トンカン トンカン
トンカン トンカン
あゝ その鐘の音をきくのはたまらない
崖の上から見下ろした
暗がりの駅構内
穀類の俵をはこぶ労働者
線路に突入する
貨物列車には
なつかしや豚共
押し合ひへし合ひ
到着せり。


デッサン

大馬鹿者、画家の仲間にまぢつて
デッサンなるものを描いてみる
女、素裸で立ち
何の変哲もなし
前を向き、後を向き、横を向く、
ひざを立て
ひざを下ろす
刻々に姿態を変化させる
これを称してクロッキイといふ

画家達、眼をつりあげ
唾をのみ下し
あわただしく紙を
サラサラと鳴らす、
大馬鹿者つくづくと
女の肉体の中心をみる
そこに臍あり
臍とは肉体の
永久のほころびの如し
子供のころ
こゝのゴマといふものを取り出して噛み
ほのかにわが肉体の味を始めて知つたことがある
大馬鹿者つくづくと
モデルのほころびを眺め
感極まる、
画家たち眼を怒らし
鉛筆をかみ
あわただしく
かくて百千の女を
描けども
天国は
遂に来らず

−−−−−−−−−−−−

哀憐詩集


黒い洋傘

争ひもなく一日はすぎた
夜は雨の中を
黒いこうもり傘をさして街に出た
路の上の水の上を
瞬き走る街の光りもなまめかしく
足元の流れの中にちらちらする、

目標もなくただ熱心に雨の街をさまよふ
哀れな自分を黒い洋傘の中にみつけた
しつかりと雨にぬれまいとして肩を
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