と
引き離された距離に私は立つてゐる、
人々は私を悪魔のやうに嫌がる
地球の中に地球がある、
人々の愛の中にではなく、
人々の愛の外に、私の愛がある、
寝台の歌
生きるといふことがどんなことか
繰り返し考へてみた
だが結極《ママ》はわからない
現在――、だけが生きることだらう、
過去――そんなものは信じたくない、
僕の過去は自分が踏み荒し
他人にも踏みあらされてしまつた、
未来――そんなものはない、
「未来」といふ言葉が残つてゐるだけだ、
眠つてゐる間も生きてゐた
そんなことは少しも嬉しくない
眠りから死へ――、
そのまゝつづいても何とも思はぬ
ふと眼がさめる
爽やかな朝だ、
すべてが新しくまるで生まれた許りのやうだ、
無精に赤ん坊のやうに
本能的になり我儘になる、
そして夜が来た
僕は寝台にはいつたところだ、
僕の慾望は一日のうちに赤ん坊から年寄までの
感情生活をやつてしまひたい
それですべてが終るのだ、
あすの窓が明るくならなくても構はぬ
僕の寝台よ、
お前は眠りから真すぐに死へ墜ちないのか、
だが暁の寝台は四つの脚を
さわがしく音たてゝ
またもや僕を眼覚めさせるだらう。
心の敷物
いまも呪咀と罵りの
いつぱいはいつたトランクを引つさげて
私は寝床をぬけだして
朝の街の中に走りだした
生の中にもちこんだ赤い死の色
私の眼は死に光り
生きてゐるにぶい感能のない通行人や
電車の中の愚鈍な眼の人々に
その私の視線をつめたくをくる、
彼等の眼を蘇生させることは空しい
そして私は一日中街をかけまはつて
疲れて寝床に帰つてきてその中にもぐる
自由にふるまへ私のいのちよ、
朝と夜との間によりそれはないのだから、
飢えたら自分で自分の舌をしやぶるのだ、
漂泊の精神、
建物と建物との間を
自然の陰影を悲しみながら通過する
一日中かけまはる心の敷物、
帰りにはズタズタに擦り切れて
血にまみれた旗印、
ばたばたと斃れてゐる私の無数の死骸、
納屋の中の青春
あゝ冬はいやだつた
青春はコールタールを塗つたくられた
汚れたワイシャツを着た私達の人生が
納屋の中のやうな貧しい家で
おたがひの心も肉体も
ガバガバと鳴つて暮らした、
いま漸く春がきて、
しかも習慣的に――、
沖からは塩気を含んだ風を岸におくつてきた、
体はそのためにしめつて
私達は始めて人心地になつた、
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