腰の骨を折つてつかまつた
政変があるとか無いとか
花屋の娘はきまつて花のやうに
首をかしげて店番をしてゐるし
しづかな波の打ちよせるところには
かならず小さな形の揃つた
貝殻がうちあげられてゐる
米買ひに十軒あるき
炭買ひに十軒あるき
よく疲労してよく眠る
靴下は穴があくし
カラーは汚れるし
書籍はろくなものが出版されない
馬は徴発されるし
大学の教師の放逐と
学生のカフェー通ひ
あゝ、うるさきことの数々、
もし日没といふものがなかつたならば
これらのもの、これらの出来事も
夜の眠りといふ救ひをもつて
幾時間かを化石にすることがなかつたなら
人生などといふ脆いものは
一日ぶつかり合ふことで
粉微塵に砕けてしまふだらう
救ひのない地球の上を
高い悲しげな声で走りまはるものは風だ
泣きはらした眼のやうな色で月が出て
夜つぴて樹が口笛をふきまくる
これらの自然の奴等だけが
人間のやることを何にもかにも認めやがるのだ、
意地の悪い女が
襦子の襟巻をかけてボンヤリ見てゐるやうに
突立つてゐる黒い森、闇の衝立、
砂糖の水のやうに甘くながれてゐる夜の小川
人間の世界を取り囲んでゐる自然の奴等は
滅びることの不安をもたない冷酷さで
ただ沈黙を守つてゐる。
約束しないのに
冬がやつてきた
だが木炭がない煉炭がないで
市民はみんな寒がつてゐる
でもあきらめよう
とにかくかうして
季節がくると冬がやつてきてくれたのだから、
僕の郷里ではもつと寒い
冬には雄鶏のトサカが寒さで
こゞえて無くなつてしまふこともあるのだ
それでも奴は春がやつてくると
大きな声で歌ふことを忘れないのだから
勇気を出せよ、
雄鶏よ、私の可愛いインキ壺よ、
ひねくれた隣の女中よ
そこいら辺りのすべての人間よ、
約束しないのに
すべてがやつて来るといふこともあるのだから
なんてすばらしいことだ
約束しないのに
思ひがけないことが
やつてくるといふことがあると
いふことを信じよう。
気取屋の詩人に
君にとつては人生は、
温突《オンドル》の上のやうなものだ
いつもポカポカ暖かい
君等はいゝ星の下に生れ
いゝ身分で詩を書いてゐる
人生至るところに
ベッドありと
すぐに温かいところを
みつけてもぐりこむ
僕を饒舌遊戯
乱作詩人だと罵つた
もつとも僕は食事中でも詩を書く
ところで君たちは
あまりに寡作主義にすぎる
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