腹いつぱいの悪態を吐いてみる
おゝ、月よ、光つた道路よ
友よ、
いつさいのものよ、私をゆるしてくれ。


私の楽器の調子は

半生は満足するほど敗けたから
残りの半生を満腹するほど勝ちたい
ふるさとでの少年時代は
一日中、草の葉のゆれるのをみて暮した、
人間はなんにも語つてくれなかつた
波が終日私にさゝやいた
淋しい生活ををくつた
私がこんなに多弁な理由がわかるだらう
愛にも飢えてゐたから
いや愛するといふ方法を知らなかつた
私は復讐戦にはいりたい
敗北者たちの泣ごとは
私の周囲に鳴る鈴のやうに
快感を覚えても決して苦痛ではない
智識がどんなに私にとつてワナであつたか
学問がどんなに私の足を挟んで
前に倒したか
私はそれを知つてゐる
私の望んでゐたもの――、
それはどんなに無内容にみえても
新しい現実の基礎となるものを求めた
他人が私の詩を無内容だとか、
単純だとかいつて批難してきた、
それらの批難者も、詩人も、批評家も
いまは一人も影を見せない、
私の詩は将に詩ではない
殊にあの人達の理解の中での
詩であつてはたまらない
私の陽気も、強情も、
私の快活も、多弁も、
もつとも低級な意味で
本質的であれと思ふばかりだ、
私は待つてゐる
古い人間ではない
古い智識や、古い学問ではない
待つてゐるのは新しい人だ
私は確信をもつて歌ひ
生活をつづける
私の詩は新しい人に理解されるだらう。
泣虫共はただ一瞬の流れの上の
木の葉のやうに過ぎ去るだらう
私の楽器は
古い人達の楽器とは調子が合はない、


夜の小川

あゝ、人生の味といふものは
なんて舌の上に絶えずたまるものだらう
私は幾度コクリと嚥みこんだかしれない
いくら嚥みこんでも
いつもこ奴は舌の上に這ひあがつてくる、
自分の舌を自分で噛むほどの
愚かしい生活をつづけながら
命のあるかぎり
生きねばならないといふことは
どういふことだらう
桜草や三色菫はまだ咲かないのか、
冬のさくばくとした土の色からは
春の気配などはお世辞にも感じられない
ただ雲の流れは早く
人の死ぬことが度々あつて
私は朝の新聞の黒枠を見ると
いつも思はずニヤリと笑ふ
咆えるより能のない犬が
けふも空地で咆えてゐる
こ奴がもし咆えるかはりに
火を噴く動物であつたら
千匹も飼つてをいて
東に向けて放してやるのに
新聞でみるとバクチ打が屋根からとびをりて
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