うとしながら
心に焼ゴテを押しつけあひ、
あなたは男のやうに強く
わたしは女のやうに優しく
たがひに愛をたたかつた、
そして高い情熱の分岐点で
ふたりは別れた
わたしも傷つき
あなたも傷ついた、
ふたりの知つたものは
真実とはいかに
はげしいものであるかといふだけであつた
たたかひが心に哀しい、嬉しい永久に消えさらない文字を彫りつけ
あゝ、あの時の時間は流れ去つた、
すべては追憶となつた、
ただ愛の想ひ出は日に増し
濃く、甘く、熱く、心の中に
現実化されてゆくことは辛い、
かりそめの寝床の上の愛ではなかつた、
あなたといふ過去の女が
引きずつてきた長い帯を
わたしが新しい足で
踏んで踏みそこねて転んだのだ、
女よ、お前の愛はふかく
私の情熱はあそこの底を究《きは》めた、
お前の愛は暗く反時代的であつた
私の顔をさんざん
あなたは爪で掻いた
わたしは血にまみれた
しかし私は憎んでゐない、
去つて行つたあなたの強さを愛してゐる。


愛は潜水艇のやうに

かわいらしい鳩のやうな眼に
だれが注射をしたのだらう、
まるで充血をして
苦しさうに
あなたは私をじつと見る、
わたしも沼のやうに
眼は青く沈みがちです、
いらいらとした人々の
行き交ふ都会
そこをあなたと私の
かうした二種類の
眼をもつた人間が歩るいてゐます、
特別な眼です、
人々はわれわれを
幸福な奴だといふのです、
苦しさと酔ひとに
異様な混濁をもつた眼をして
二人は人々の生活の中を
悠々と横断します、
恋の眼よ、
お前は何をみてゐるのか、
だがふたりの眼は
何事も答へない、
人々の侮蔑も批判も、
悪態も嫉視も、
まもなくこの眼が
おだやかにじつとみをろして
しづめてしまふでせう、
まもなくこの二人の眼は
それは湖水にかげつてゐた陽が
いつぺんに明るくなるやうに
怖ろしい速度で澄んで行つた、
四つの眼は
人々の生活の中で輝やいた、
海の上の展望鏡《へリオスコープ》のやうに
人々の生活を波の上から見廻し、
洞察し始めた、
愛は水圧を堪へる潜水艇のやうに
愛はすべてのくるしみの
重圧をも堪へだした
二人の愛は潜水艇のやうに
苦しみをもぐつてゐる
呼吸が長い、


秋の詩

秋の悲しみを知らない
あなたの幸福な一日よ、
そして貴女のいひぐさでは
――わたしは詩人でないからと、
そして永遠にあなたが秋の悲しみを
知らない
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング