ない。
○合唱男子(怒りを帯びて)男は、力のシンボルだ、憤怒の、怒りの象徴だ、(イザリに向つて)黙れ、イザリ、お前はさつきから其処で誰を待つてゐるのか。
○いざり一、(冷笑的に)あなたがたこそ、さつきから其処で、何を叫んでゐるのか、何処から来て、何処へ、おいでになるんです。
○青年一、(激しく)東から来て、北へ行くのだ。
○青年二、(更に激しく)前進だ、行かう、我々にとつて無目的な朝などは、たゞの一日もないのだから、
○青年三、(激しく)我々は太鼓をうち、このやうに、街をすぎ野を走る。
○青年四、(激しく)谷をわけいり、海をわたる、
○合唱青年、(高く)我々は集団的遊戯、行動を、訓練しなければならない。
○いざり一、(神妙に)敬意を払ひませう、若い時代に、刃向ふ古いものは、犬に喰はれますから、(突拍子もない高い声)諸君、緊急動議を提出します。勿論、御婦人方も参加して、すべての人々は討議に加はつて下さい、(低い、間をのばして)提案といふのはかうです。諸君、ワタシはなぜ腰が立たないんでせう。
(婦人合唱隊、タンバリン急打、男達之に和す、賑やかに、朗らかに、心が踊るやうな音)
(イザリ、二、三、四登場、米搗バッタのやうにお低頭をしながら)
○合唱婦人、(歌)
おゝ、可哀いさうな、
イザリサン
一里の路も遠うござる、
途中の小川で
ものおもひ
おゝ、可哀いさうな
イザリさん
あなたの住居は
橋の下
雨が、
ポッツリと鼻に
ポッツリと頬に
ポッツリと額に
雨のしづくが
三つ四つをちる。
○青年一、(群の中から飛び出して絶叫する)やめてくれ、新しい時代は、情緒の性質を変へたのだ、女達の同情心の対照は何んていつまでも変らないのだ、病人か、子供へか。さあ、センチメンタルな道徳をうちやぶつてくれ、ロマンチシズムさ、行動だ、こいつに首つたけになるんだ、恍惚になるんだどこまでも追求するんだ、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、最後のところまで。
○合唱いざり、(歌)
御同情、ありがたう
御軽蔑、感謝
打擲、多謝
足蹠[#「蹠」に「ママ」の注記]、結構
手かせ、足かせ
お引づり廻し、大歓迎。
○青年二、(憤つて群からとび出し)なんて此奴等の存在は、空気の性質を悪るくするんだらう、(憎々しさうに)糞沈着におちつき払つて、僅かな道程を、われ/\の十倍も時間をかけて通りやがるんだ、やい百姓め、たがひに何か親しさうに話しながら、(憎々しく)世間の秘密をすべて知つてゐるやうな意味ありげに笑ひ合ふ、さあいざり立て、立つてみろ、女共の加護と同情の下に、見事突立ちあがれ、さあ立て、立て、青年達、こやつの剛[#「剛」に「ママ」の注記]慢の腰をのばしてやるんだ(いざりに襲ひかゝつて無理に立てようとする、婦人合唱隊は青年達の行為を押しとどめて、男女たがひに揉み合ふ)
○合唱いざり、(陽気に、体を左右にふり、左右の手を物乞ひらしく動かしながら、合唱)仰せのとほり、君等の十里は、われらの千里さ、
○いざり一、お気の長いが、われらが取柄、
○いざり二、でも、みなさん結局は!
○いざり三、着くべきところへ、着いたら、何の文句もないでせう。
○合唱いざり、さあ、タワリシチ
深刻ぶつた
夜中の思想の幕を引きあげろ
五体揃つた人間様ぢや
とかく物事に尻込なさる
そこで腰の蝶ツガヒの
はずれた我々が
人生を陽気にするやう
前座を勤めませう。
○いざり一、然も君等より朗らかに
○いざり二、然も君等より勇敢に
○いざり三、然も君等より人間的に
○いざり四、然も君等より大胆に
然も君等より目的に向つて
○合唱いざり、朗らかに、勇敢に、人間的に、大胆に、目的に向つて、――さあ始めよう、
○いざり一、(元気よく)さあ頼むよ、鳴物を、太鼓を
○いざり二、(皮肉に)お願ひしますよ、タンバリンを
○いざり三、いざりの生ひ立ちを過去の物語りを、御披露しませう。
(いざりの群賑やかに踊り出す、膝頭をコツ/\と音させながら)
ラッパの音加はる。カスタネットの音加はる、合唱隊は直立して歌ふ、四人のいざりが身振面白く跳ねながら踊る。
○合唱婦人、こゝに四人の
いざりの兄弟がゐた(タンバリン)
○合唱男、彼等は生れつきの
いざりではなかつたらう(太鼓)
○合唱婦人、あるとき四人が
仲良く揃つて山へ
獣をとりに出かけた
谷底をふとみをろすと(タンバリン)
(照明、幻想的な青)
○合唱男、獲物がみつかつたか、(太鼓)
○合唱婦人、ゐた、ゐた、ゐたよ、
大きな奴がさ
虎かとみれば、さに非ず
熊かとみれば、さに非ず、(タンバリン)
○合唱男、たとへてみれば
どういふ格好のものだ、
○合唱婦人、それは牙がニューと斯ういふ格好で突きでた、豚に似て非なるもの(タンバリン)
○合唱男、さては猪だな、(太鼓)
○合唱婦人、(歌)(女、タンバリンを叩きながら、男太鼓もこれに和す)
やれ、やれ、やれ、やれ、
嬉しやな、
やれ、やれ、やれ、やれ、
心が踊る
やれ、やれ、やれ、やれ、
敵を迎へて、
心が踊る
肩の鉄砲
ダテには持たぬ
ソッとをろして
トンと大地を
台尻でついた、
○いざり一、(極端に道化て)するとさすがに、猪奴は自然の子だ、わずかな土のふるへにも、ピタリと耳をふるはしたね。
○合唱男子、おゝ猪大王どの
心おしづめ下さい、
それなる岩の安楽椅子に
おかけ下さい。
○合唱婦人、岩の椅子には
紫の花
紅のツタ、カヅラ
金銀のキノコをもつて
美々しく飾られ、
口を伸ばすところに、
真清水あり、
手をのばすところに
果実あり、
何の不自由もない暮しな筈、
○合唱男子、(勿体ぶつて)然し畜生の悲しさに、鉄の玉だけは防ぎきれぬ、(高い声で大げさな表情で)美事な金の皮、皮を撃つては値が下る、さて何処をうたう、やれ頭をうつては値が下がる、足をうつても値が下がる、耳をうつては倒れまいさてどこを、どこを覗はう
○いざり一、そこでわしらは協議した、
二つの眼玉に四つの玉を撃ち込まう
鉄砲うちの名人は
そんなことなどわけがない。
○いざり二、何時かも、こんなことがあつた、
高い木の、いちばん上の枝の
木の葉をうち落し、その葉が地面までつかない間に、
四人で替り、替りうちあてた、そしたら木の葉が無くなつた。
○いざり三、(威猛高な声)平素の腕の冴えをみせるは今と、猪大王目がけて
○いざり一、引金を引かうとしたとき
○いざり三、我等の背後にあたつて、物凄く、小石をとばし、石を投げ、
○いざり四、四匹の猪が、我々にむかつて、まつしぐら、
○合唱男子、そこで腰の蝶つがひを、鋭い牙で突きあげられた。
○合唱いざり、傷つきながらもおれ等の胆つ玉はすわつてゐた。逃げる猪の背後から(間)筒口揃へてぶつ放した。
○合唱婦人、(哄笑)そこで今度は猪奴の腰の蝶つがひを撃つたといふ寸法でせう(笑)
○合唱いざり、いかにも、いかにも、
○合唱男子、そこで即座に人間が四人、けだものが四匹、(間)都合八つのいざり、それ以来この世に現はれたといふわけか
○合唱いざり、まあ、聞いて下さい旦那さま方、奥様がた、それ以来の、わしらの生活が(激しくススリ泣き)どのやうに惨めで惨めであつたかを。
○いざり一、猪獲りの名人が山を下りても、こんな惨めな腰格好じや、だれも迎へてくれない。
○いざり三、子供達にはマラソン競争を申込まれるし
○いざり二、物乞ひもしねえのに、帽子を脱いだら、チャリンと金を放りこみやがるし、
○いざり四、大[#「大」に「ママ」の注記]の野郎まで、(泣きながら)馬鹿にしくさつて、背くらべにやつてくる
○いざり一、そこでたまらなくなつて、村に引こんで百姓だ。
○男子一、(激しく)百姓になる、そいつは思ひつきだ。
○いざり二、(ふてぶてしく)我々片輪者は、人間に見放されたんだ(哀れ深く)だが自然にしがみついてゐる分ぢや、邪魔になるまいと思ふのさ、
○男子二、そこで馬にひつぱられて、膝頭で畑の土を掻きまはしたのか、
○いざり三、さうだ、おれたちはシャベルを使ふことは第一流になつた。鎌をうちこむことを熟練した。
○いざり四、足腰の満足な百姓のやうに、畑打ちに、ひよいひよいといち/\腰を曲げる世話もいらねい、
○いざり一、彼等より短かい鍬を使つて、彼等よりずつと先の方まで鍬がのびたよ、
○男子二、(覗きこむやうに出て)自然は、きみたちを心から愛しただらうね。
○男子二、大地は君達百姓にとつて、偉大な楯だからね、
○男子四、あらゆる百姓の不幸が、自然の影にかくれてしまふから。
○男子一、(叫ぶ)百姓にとつて大地は隠れミノだ。
○婦人一、(叫ぶ)自然は親切すぎる悪い女。
○婦人四、(叫ぶ)また厳めしい父でもある、
○婦人三、(叫ぶ)自然の奴は人間の智識を小さく見よう、見ようとするヤキモチ焼よ、
○婦人二、(叫ぶ)あるときは自然は人間を激しく折檻する、
○いざり一、(泣き声で)そ、そ、その通りでさ、わしら折檻されましたよ、嵐で、雨で、風で、雪で、雹をもつて、
○いざり二、(泣き声で)そのくせ後から激しく可愛がるムラ気なママ母の愛のやうでもありました、
○いざり三、(泣き声で)一握の土を、手の上にのつけてごらん、おお、そしたら百姓の苦しみが判らあ、なんて土は重いんだ手の上のこいつの重さといつたら、まるで大地の重さだ、
○男子一、(絶叫的に)悲惨だ、百姓の智恵は悲惨だ、道徳は、悲惨だ。
○男子二、(耳をそばたてゝ)ゴーといふ風鳴りだ、
○男子三、(平然と落ついて)風の前には、かなはない。
○婦人一、でもすばらしい、百姓の小さな知恵が、大地の大きな苦しみを、大きな重みを知つてゐるんだから。
○婦人二、それは決して小さな智恵とはいへないでせう。
○男子一、学問のあるものはどうだ。
○男子三、労働に依つてではなく、思策によつて、
○男子二、大地の秘密を知らうとする、学者はどうだ。
○男子四、学生は、大地の重みを知つてゐるか、
○男子五、職工はどうだ、
○男子六、会社員は、大地の苦しみを知つてゐるか、
○合唱男子、あらゆる人々は、どうだ、
○婦人二、百姓は大地を、第一頁から読んでゆく、ものゝ三頁も読まないうちに、彼等は自然を理解してしまふ。
○男子四、学者は、非常な速度で読んでゐる、今一千頁目だ、だが大地の秘密はなか/\判らない。
〇合唱婦人、(強く)大地の重圧から人間を救へ、
○合唱いざり、(哀れに)大地の重圧からはぬけきれぬ。
○いざり一、(叫び)ぬけきれぬ、
○いざり二、(叫び)ぬけきれぬ、
○合唱男子、(希望に満ちた声で)大地に勝て勝て(太鼓乱打)
○婦人、いざり、男子合唱、人間の集団の力をもつて!
○婦人一、(恐怖の眼で空の一角を指さし)おゝ恐ろしい、恐ろしい、ごらん、あの自然の一角を、
○婦人二、(恐怖をもつて)自然が騒ぎ出したごらん、ミルク色の雲が、みる/\不機嫌な灰色になつてしまつた。
〇男子二、(感動的に)自然が美しい痙攣を始めたのだ
○男子三、(恐怖の声)襲つて来る。
○婦人一、徐々に
○男子一、いや急速にだ―
○婦人三、徐々に
○男子一、いや急速に―
◇ ◇
○いざり一、(身ぶるひして)自然、狡猾な奴、力よ、
○いざり二、(恐怖して)おゝ、お前は、鋼鉄の鞭をもつて、おれたちの処へ、打ちにやつてくる、(風の音、舞台急に暗くなる)
○男子の声、風だ、逃げろ、
○男子の声、岩蔭に、
○男子の声、暴風襲来(暴風来る、電光乱れる男子婦人の合唱隊四散、いざり、凝然と座つたまゝ天の一角をみつめつゝ風に堪えてゐる)落雷!
○いざり達、ウーム
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