は育児係りの辞表を叩きつけ
りん子から毛布をとりかへす勇気もなく
サクラ子にせがまれると毎日散歩にでかけた、
きのふは新宿、けふは銀座、
銀座尾張町の時計店の前までやつてくると
サクラ子はとつぜん大西に向つて
「あたい踊りたくなつたわ」と
可憐な顔で訴へだした、
「踊つたらいゝさ」
「あたい踊るわ、おぢちやん何か歌つてね」
「よし来た、何がいゝだらうな
青い眼をしたお人形が、でゆくか」
銀座の昼の雑踏の真中で
大西は大きな声で「青い眼」を歌ひだした、
通行人はおどろいてその男の顔を眺めると
その男の足元に小さな女の児が
首を傾げたり、袂を口にくはひたり
手を上にかざしたりして踊つてゐるのを発見した。

   五十一

たちまち物見高い都会では
通行人が退屈を救ふいゝ見世物が
こつぜんと鋪道の上に出現したといはぬばかりに
大西とサクラ子を取り巻いて人垣をつくる
その円陣の真中に大西は最大の熱情と
深刻さを顔に出現しながら歌ひ
サクラ子は無心な喜びで
手足ものびのびと可愛らしく踊りつゞける
大西はそのとき突然何を思つたのか
かぶつてゐた帽子をぬいで手にもつて
「諸君」と群集にむかつて叫びか
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