て小さな体が怖ろしく強いはげしい
抱擁力を隠してゐるかのやうだ、
アナアキスト古谷はしだいに
憂鬱な表情に変つていつた、
彼はいかにも行動者らしい沈黙の中に
何か確信的な太い呼吸を
そつとときどき洩らしてゐる。

   二十九

男達の部屋の蝋燭は消され
いくらか遅れてりん子の部屋の蝋燭も消えた
長い時間男達の眼は
闇の中で開らかれたまゝであつた
男達の瞼を『おやすみなさい――』と
柔かい指で睡魔が撫で廻してあるいたが
男達の眼は反抗的であつた。
しかし男達の瞼も夜に征服され
鎧戸が下りたやうに閉ざされた、
小犬のやうにクンクン鳴いたり
馬のやうに低く嘶いたり
猫のやうにゴロゴロ言つたり、
さまざまな動物的な音をたてながら
詩人たちは寝入つてゐる。

   三十

大西三津三は不意に体の何処かにショックをうけ
痙攣的に飛び起きた
時刻はわからないが真夜中にちがひない
こはれた笛のやうな寝息をきいた
ぐずぐずと呟くやうな
鼻の鳴る音がきこえた、
――誰だらう、蓄膿症奴が、
彼はひとりごとを言ひながら
廊下伝ひに便所に行つた
彼女の部屋では火鉢の上で鉄瓶が
チンチンと可憐な音をたてゝゐた

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