であり、
紙幣の図案の中から
ぬけだしてきたやうな恰幅のよい、
つまりイノシシの進化した形の
人であるらしい
将軍や政治家も
一目をいてゐるこの人のために
大衆の旦那さまと呼ぶことは
決して誤つてゐないだらう、
爺が明日銀行にやつてくる
重役よりももつと偉いこの人のために
如何に熱誠をもつて汚れた
石の階段を力をこめて
拭いたかを読者は想像してほしい、
退けの時間がきた
銀行の玄関の蛇腹はいつたん降りた、
だが今日は銀行員は帰られない、
再び鉄の蛇腹はガラガラ
音たてて巻き上つた、
夕暮の街には一斉に灯はともり
ネオンサインの五彩の色も輝きを増すころ、
時ならぬ銀行のどよめきと
シャンデリアの明るさに
通行人は何事が起つたかと
銀行の前に集つてくる、
――また五・一五の二の舞でも始まつたんですか、
――共産党の銀行ギャングでも
どうもさうでもないらしい
――全員集まれ、
カン高い声がすると銀行員達は
ぞろぞろと列をつくつて奥から出てくる、
大玄関に学生のやうに
ずらりと整列する、
――今日は彼女と活動の約束をしてゐたのに
――勤務以外のこんなことは嫌だね
とぶつぶつ銀行員達は不平をいつ
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