ば、さに非ず
熊かとみれば、さに非ず、(タンバリン)
○合唱男、たとへてみれば
どういふ格好のものだ、
○合唱婦人、それは牙がニューと斯ういふ格好で突きでた、豚に似て非なるもの(タンバリン)
○合唱男、さては猪だな、(太鼓)
○合唱婦人、(歌)(女、タンバリンを叩きながら、男太鼓もこれに和す)
やれ、やれ、やれ、やれ、
嬉しやな、
やれ、やれ、やれ、やれ、
心が踊る
やれ、やれ、やれ、やれ、
敵を迎へて、
心が踊る
肩の鉄砲
ダテには持たぬ
ソッとをろして
トンと大地を
台尻でついた、
○いざり一、(極端に道化て)するとさすがに、猪奴は自然の子だ、わずかな土のふるへにも、ピタリと耳をふるはしたね。
○合唱男子、おゝ猪大王どの
心おしづめ下さい、
それなる岩の安楽椅子に
おかけ下さい。
○合唱婦人、岩の椅子には
紫の花
紅のツタ、カヅラ
金銀のキノコをもつて
美々しく飾られ、
口を伸ばすところに、
真清水あり、
手をのばすところに
果実あり、
何の不自由もない暮しな筈、
○合唱男子、(勿体ぶつて)然し畜生の悲しさに、鉄の玉だけは防ぎきれぬ、(高い声で大げさな表情で)美事な金の皮、皮を撃つては値が下る、さて何処をうたう、やれ頭をうつては値が下がる、足をうつても値が下がる、耳をうつては倒れまいさてどこを、どこを覗はう
○いざり一、そこでわしらは協議した、
二つの眼玉に四つの玉を撃ち込まう
鉄砲うちの名人は
そんなことなどわけがない。
○いざり二、何時かも、こんなことがあつた、
高い木の、いちばん上の枝の
木の葉をうち落し、その葉が地面までつかない間に、
四人で替り、替りうちあてた、そしたら木の葉が無くなつた。
○いざり三、(威猛高な声)平素の腕の冴えをみせるは今と、猪大王目がけて
○いざり一、引金を引かうとしたとき
○いざり三、我等の背後にあたつて、物凄く、小石をとばし、石を投げ、
○いざり四、四匹の猪が、我々にむかつて、まつしぐら、
○合唱男子、そこで腰の蝶つがひを、鋭い牙で突きあげられた。
○合唱いざり、傷つきながらもおれ等の胆つ玉はすわつてゐた。逃げる猪の背後から(間)筒口揃へてぶつ放した。
○合唱婦人、(哄笑)そこで今度は猪奴の腰の蝶つがひを撃つたといふ寸法でせう(笑)
○合唱いざり、いかにも、いかにも、
○合唱男子、そこで即座に人間が四人、けだものが四匹、(間)都合八つのいざり、それ以来この世に現はれたといふわけか
○合唱いざり、まあ、聞いて下さい旦那さま方、奥様がた、それ以来の、わしらの生活が(激しくススリ泣き)どのやうに惨めで惨めであつたかを。
○いざり一、猪獲りの名人が山を下りても、こんな惨めな腰格好じや、だれも迎へてくれない。
○いざり三、子供達にはマラソン競争を申込まれるし
○いざり二、物乞ひもしねえのに、帽子を脱いだら、チャリンと金を放りこみやがるし、
○いざり四、大[#「大」に「ママ」の注記]の野郎まで、(泣きながら)馬鹿にしくさつて、背くらべにやつてくる
○いざり一、そこでたまらなくなつて、村に引こんで百姓だ。
○男子一、(激しく)百姓になる、そいつは思ひつきだ。
○いざり二、(ふてぶてしく)我々片輪者は、人間に見放されたんだ(哀れ深く)だが自然にしがみついてゐる分ぢや、邪魔になるまいと思ふのさ、
○男子二、そこで馬にひつぱられて、膝頭で畑の土を掻きまはしたのか、
○いざり三、さうだ、おれたちはシャベルを使ふことは第一流になつた。鎌をうちこむことを熟練した。
○いざり四、足腰の満足な百姓のやうに、畑打ちに、ひよいひよいといち/\腰を曲げる世話もいらねい、
○いざり一、彼等より短かい鍬を使つて、彼等よりずつと先の方まで鍬がのびたよ、
○男子二、(覗きこむやうに出て)自然は、きみたちを心から愛しただらうね。
○男子二、大地は君達百姓にとつて、偉大な楯だからね、
○男子四、あらゆる百姓の不幸が、自然の影にかくれてしまふから。
○男子一、(叫ぶ)百姓にとつて大地は隠れミノだ。
○婦人一、(叫ぶ)自然は親切すぎる悪い女。
○婦人四、(叫ぶ)また厳めしい父でもある、
○婦人三、(叫ぶ)自然の奴は人間の智識を小さく見よう、見ようとするヤキモチ焼よ、
○婦人二、(叫ぶ)あるときは自然は人間を激しく折檻する、
○いざり一、(泣き声で)そ、そ、その通りでさ、わしら折檻されましたよ、嵐で、雨で、風で、雪で、雹をもつて、
○いざり二、(泣き声で)そのくせ後から激しく可愛がるムラ気なママ母の愛のやうでもありました、
○いざり三、(泣き声で)一握の土を、手の
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