上にのつけてごらん、おお、そしたら百姓の苦しみが判らあ、なんて土は重いんだ手の上のこいつの重さといつたら、まるで大地の重さだ、
○男子一、(絶叫的に)悲惨だ、百姓の智恵は悲惨だ、道徳は、悲惨だ。
○男子二、(耳をそばたてゝ)ゴーといふ風鳴りだ、
○男子三、(平然と落ついて)風の前には、かなはない。
○婦人一、でもすばらしい、百姓の小さな知恵が、大地の大きな苦しみを、大きな重みを知つてゐるんだから。
○婦人二、それは決して小さな智恵とはいへないでせう。
○男子一、学問のあるものはどうだ。
○男子三、労働に依つてではなく、思策によつて、
○男子二、大地の秘密を知らうとする、学者はどうだ。
○男子四、学生は、大地の重みを知つてゐるか、
○男子五、職工はどうだ、
○男子六、会社員は、大地の苦しみを知つてゐるか、
○合唱男子、あらゆる人々は、どうだ、
○婦人二、百姓は大地を、第一頁から読んでゆく、ものゝ三頁も読まないうちに、彼等は自然を理解してしまふ。
○男子四、学者は、非常な速度で読んでゐる、今一千頁目だ、だが大地の秘密はなか/\判らない。
〇合唱婦人、(強く)大地の重圧から人間を救へ、
○合唱いざり、(哀れに)大地の重圧からはぬけきれぬ。
○いざり一、(叫び)ぬけきれぬ、
○いざり二、(叫び)ぬけきれぬ、
○合唱男子、(希望に満ちた声で)大地に勝て勝て(太鼓乱打)
○婦人、いざり、男子合唱、人間の集団の力をもつて!
○婦人一、(恐怖の眼で空の一角を指さし)おゝ恐ろしい、恐ろしい、ごらん、あの自然の一角を、
○婦人二、(恐怖をもつて)自然が騒ぎ出したごらん、ミルク色の雲が、みる/\不機嫌な灰色になつてしまつた。
〇男子二、(感動的に)自然が美しい痙攣を始めたのだ
○男子三、(恐怖の声)襲つて来る。
○婦人一、徐々に
○男子一、いや急速にだ―
○婦人三、徐々に
○男子一、いや急速に―
◇ ◇
○いざり一、(身ぶるひして)自然、狡猾な奴、力よ、
○いざり二、(恐怖して)おゝ、お前は、鋼鉄の鞭をもつて、おれたちの処へ、打ちにやつてくる、(風の音、舞台急に暗くなる)
○男子の声、風だ、逃げろ、
○男子の声、岩蔭に、
○男子の声、暴風襲来(暴風来る、電光乱れる男子婦人の合唱隊四散、いざり、凝然と座つたまゝ天の一角をみつめつゝ風に堪えてゐる)落雷!
○いざり達、ウーム(気絶して、硬直して仰向けに倒れる(間)いざり達突然立ちあがり叫ぶ)
○いざり二、(高く絶叫して)おれたちは、立つた。
○いざり四、おれたちは自然に負けないぞ、今度こそは、貴様を、百姓の鞭でひつぱたいてやる
○いざり一、さあ、尻を出せ、眼に見えない天の馬め、
○いざり三、打ちこめ、打ちこめ、打ちこめ、自然の風の中へ鞭を、打ちこめ、
○いざり一、風の運行を速やかに
○いざり二、すべてはたつた今、始まつた許りだ、
○いざり四、すべては新しいんだ、
○いざり二、おゝ、新しいもの、新しいものよ、来れ、男子[#「男子」に「ママ」の注記]
○婦人合唱隊、嵐の中をよろめきながら、四人のいざりの傍へ集団的にやつてくる、そして四人のいざりは一つの記念碑のやうな位置にをかれ、合唱隊は高くいざりの群を支へる。
○合唱(婦人、いざり、男子)おゝ、新しいもの、新しいものよ来れ、奇蹟と名つけられるものを強く肯定せよ。 ―幕―
託児所をつくれ
一
この長詩を書くための材料に
本棚を熱心にかきまはしたが
探す本は発見らない
黒表紙で五十頁余りの
吉田りん子といふ詩人の
『酒場の窓』といふ詩集だ、
捨て難いものがあつて
時々本棚の整理で本を売り飛ばす時も
傍に除けてをくのだから
何処かにまぎれ込んでゐるに相違ない
私は彼女を『奇蹟の女王』と名づけてゐる。
二
彼女が突然詩人のグループに現はれると
詩人達が彼女の周囲に集つた。
布切れの真中をつまみあげると
布の周囲が寄つてくるやうに――、
詩人は女好きだとは頭から決められない
詩人は女に対しては相当選り好みがやかましいのだ、
一個所欠点があると
その一個所を蛇蝎のやうに憎む詩人やら、
他人が欠点と見るところも
勝手に美化し合理化し拝み奉る詩人もある。
三
――何てすばらしい縮れ毛だ
彼女の髪をみてゐると
荒れ果てた庭を見るやうだ、
何となく寂寥と哀愁が湧いてくる。
さういふ理由で縮れ毛の女も愛される、
――僕は、彼女を直感的に好きになつたよ、
皮膚の色が普通の状態ぢやないね、
あくまで白く、透明だ、
陶器の白さではない、
玻璃器の白さだね
つまり肺の悪い女の美しさが
僕の心を一番捉へるよ、
こゝでは肺の悪い女性も歓迎される、
四
――私の異常な美を発見する女といふのは
妊娠三四ケ月目
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