つこつコンクリートの
東京の三月の夜の街をあるいてゐる、
呟きは、泣けるか、喜べるか、笑へるかの
三つの呪文の自問自答、
なんといふ怖ろしい奴を
街に放してをくのか、
月にむかつて背をむけて
おのれの影にものをいふ悪魔奴が、
呪文の答がでると
彼は衝動的に地上に一米もとびあがり
おのれの答への正しいか誤りであるか
実験しにとりかゝるために
どのやうなところにでも嵐のやうにとんでゆく、
その激しさと乱暴さと不気味さのために
なぜ街中の商店といふ商店は
板戸や鎧戸をガラガラ下ろしてしまはないのだらう、
二
街はネオンサインが
美しくともり
ネオン管の青と赤との
接ぞく点が一層美しく
異様に光りかゞやく
ぶるぶるつとふるいて
街の夕方の空間や時間を
水底をあるいてゆくしづけさであるいてゐる、
悪魔は若い美貌をもつてゐる、
そして彼はたちどまり突然、
舗道の一個所に小さな黒い穴
をみつけると
穴にステッキをさしこんで
グイとステッキをこねあげる
すると忽ちそこにポカリと
ガイコツが口をあけたやうな
深い黒い穴があいて、下水用の
丸いコンクリト製の蓋が
空中たかく舞ひあがり、
舗道に落下したときは
ガランガランガラン怖ろしい
不吉な音響をたてゝこの蓋は
街中を転げまはる
悪魔はそれを見ると
げらげらと笑ひが停まらない、
そして
下水の穴の暗い丸いふかさをしげしげとのぞきこみ
そこへ白い痰をべつとしてから
再びステッキをふつて歩きだす、
そして良い声で陽気に歌ひだす
それはロシアの詩人マヤコフスキイの
露西亜語の散歩の詩である
ポース、ゼール、フセイチ
シャアグ、ブルゴル
グロハイチ
タアク、ザ、クバイ
スメッフ、ヒトブ
カーメン
ロパールシチャ
フ、ホッホチヱ[#「ヱ」は小文字]
(すべての仕事の後で
散歩の歩をとゞろかせ、
笑ひをそゝげ
石がハッハと
爆笑するやうに)
日本のマリアよ、
悪魔の愛する妻よ、
お前は愛情の天女だ、
お前はいま病ひの床にねてゐる、
そしてお前の夫の悪魔はぶらぶら歩るき
ながい憂鬱な、病の日常の、
堪へがたい、お前の肉体に
お前の心臓は鳩時計
こぼれるやうな音立てて、
時をきざむきざむ、
そして死んでゆく悲しみ
夫の愛情の濃さ薄さの
こゝろづかいははてもない、
お前の肉体と精神を
悪魔がりやくだつしたのは
十年の昔であつた、
その時、二人の愛のはげしさに
火と氷も位置をかへたやうにでんぐりかへつて
雪の中を二人でさまよつたとき
雪のつめたさもまた火のやうに
二人にとつて熱かつた。
吹雪奴は
驃騎兵のやうに
鉛の弾を二人の頬ぺたや
黒い若々しい髪を撃つたが、
なんてまあ、痛いことも悲しいことも
苦しいことも、
恋はすべてを楽しく考へさせたらう、
ふきつける吹雪の中の
一つのマントの中から
四本の足が突きでゝゐた、
二本の足はゴムの長靴
いまひとつの二本の足は赤い鼻緒の下駄
一方の足がしつかり地に立つてゐるときは
かならず一方の足は宙に浮いてゐたし、
男と女とは
どつちかをマントの中でささへてゐなければ、
二人がその場にぺたりと
雪の中に座りこんでしまつたであらう、
恋の法悦の精神の動揺の、ランデブー
聖母の海の甘さと、
悪魔の地の辛さとが、
二つのこつぜんとした自然としての人間の
調和をもとめてマントの中の抱擁、
あゝそれは本能的な最初の接吻の音、
だがその時悪魔が
不可解な微笑をもらしたことを
聖母は少しも気づかなかつた、
永遠よ、女よ、
地の荒くれた精神を
掻きいだくお前海の慈愛よ、
そして地と海とは
しばらくの間はなだらかに
愛の接触のをだやかなさゞなみをたててゐた、
家庭はたのしく平穏で
はげしいものといへば
台所で火の上のフライパンの
ジャアといふもの音くらい、
『まあ、大変な音をたてるね、
油がはねて危ないぢやないか、
お前の美しい顔を
火傷をしたらどうしよう、
まあお前は女学校で
家事の時間に教らなかつたかい
フライパンに火が入つたときや
油がはねるときには
どうしていゝかを』
男は笑ひながら
手際よく傍のネギを鍋に投ずる
すると油のはねる高い
もの音は温和しくなつてしまふ、
『肉の切り方はあぶないよ
お前の可愛い指を
きつたらどうしよう、
肉のきり方はかういふ風に』
男は牛肉のせんいの説明をして
庖刀をあやつつて
肉の正しい切り方を示してやる、
女はなんといふ該博な智識をもつた
若い夫だらう、
その親切さよ
長い運命の道づれのたのもしさ
未来の生活の豊富な男の愛情
を想像してこゝろを[#底本「お」を訂正]どらす
『いゝえ、私は学校では家事と
おさい縫は大嫌ひであつたの
でもそれはいけないことであつたわ、』
さういつて台所の調理の
技術のまずさをほこらし
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