てゐる
重役が現れてきて
自動車運転手に向つていふ
――つまり、
旦那さまは
かういふ風な形に
此処で車を
おつけになることを
お好みになつてゐます
諸君、それから運転手
ぼんやりしてゐるな判つたかッ、
そこで予行演習が始まる、
自動車は重役をのせて半町程走り、
銀行の前に引返してくる、
重役は旦那さまのつもり
その車は、旦那の自家用の車のつもり、
運転手は重役の引いた舗石の上の
白いチョークの処にピタリ車を停める、
重役は車を悠然と降りて胸を張る、
階段を上りきつたところで
左右をじろりと見まはす、
育ちが良いから実に鷹揚たるものだ
銀行員は一斉に
ペコリとおじぎをする、
――よろしい、
明日は、その要領で
手ぬかりなく
予行演習をはり
銀行員はぞろぞろと奥に入る、
爺はボンヤリと不思議な
出来事のやうにみてゐる
重役はひとりつぶやく
――万事が手順よく行つてゐる、と
彼のいふやうに手順よいだらう、
いつもこの予行演習のやうに運べば
だが手順は幾つもあるだらう、
ひとつの予行演習は銀行の玄関で――、
ひとつの予行演習は満洲の野で――、
ひとつの予行演習は工場の前で――、
さうだ、全くすべてが手順よく行つてゐるだらう。
紙幣は積み重ねられ
片つ端からポンポンと
鉄の機械をもつて丸く打ち抜かれ
爺は汗みどろで、
この札束を車に積んで
銀行の裏庭に運びだす
一陣の風がドッとふいてきて
その一枚をひらひらと舞ひあげ
遠くの舗道に落ちたのを
拾つたものがあつたとしても
丸く打ち抜かれたこれらの札は
何の使ひものにもならないだらう、
古札焼却の儀式が始まる
重役、課長もその場にたち合ふ
山のやうに積まれた札へ
火をつける役は爺の役
節くれだつた爺の指がマッチを擦るとき
何時ものことながら人々の目はきまつて
最初の小さな焔に目をやる、
火は拡大され札は音をたて
果てはタンバリンのやうに
乱調子に歌ひ出す
黒いけむりは何か得態の知れない
格好をしながら物の形をして高く立ちあがる、
私の詩人がその場に居合はせながら
私はハムレットのやうに
ひとさし指をもつて空に流れてゆく
紙幣のけむりを指さしながら
芝居がかりで大見得をきる
――あの煙はラクダのやうに見えるだらう、
鯨のやうに見えるだらう、
おゝ、ななめに銃を背負つた
血まみれの
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