の生きた豚が
紙のイノシシを払つて
一匹の死んだ狐を買つた
紙幣は獣類の世界では
このやうに有効に使はれ
真実の貧しい人間の世界には
てんで廻つてこないのだ、
生きた人間よ、貧しい友よ、
紙幣が紙だといふことを
もつととつくり考へて見る必要があらう、
一枚の紙へはノミノスクネやイノシシが刷られ
一枚の紙は彼女が売娼窟で
貞操を売つた後を*[#「*」は伏せ字]ふのだ――、
一枚のイノシシは優に十人の
娘の貞操を買ふことができる、
一枚のイノシシは優に一人の
人間を醜悪化したり罪人化したり、
君が若し無智で貪慾な夫婦の家の
天窓から一枚の百円札を投りこみ
ぢつと物影から観察してみ給へ、
老婆は一枚の札を手にして
部屋中を駈け廻るだらう、
枕の下に紙幣を敷いて寝たかと思ふと
むつくりと飛び起きる、
――首と一緒に札を盗まれる、
彼[#「彼」に「ママ」の注記]は強盗が怖いのだ、
天井裏へ入れてみたり出してみたり、
茶筒に入れれば聟にみつかり、
針箱に入れれば嫁にみつかる、
チャブ台の裏側へ
糊で貼りつければはがれなくなり
水張りすれば乾いてをちる、
いつそ天井に張つて
その下へ寝床を敷いて仰向いて寝ずの番
十二時を廻ればうとうと
三時をすぎれば眠くなく
目をつぶればねむつた証拠、
目をひらいてゐて
心が眠る工夫はないか、
どこの小穴から泥棒が
覗いてゐぬともかぎらない、
二日三晩婆さんはカッと大きな眼を
みひらいて天井をみたきり眠らない
嫁が不思議に思つて婆さんの顔をのぞいた、
――まあ、まあ、どうしたのです
上まぶたと、下まぶたとに
マッチの棒で
突つかい棒をしたりしてお婆さん、
――いや、何、構はんで下され
としをとると
眼にも杖がいりますぢや
と婆さんはごまかした、
この紙幣をかくす工夫もばれたから次の工夫
進退極まつた窮余の一策
まずこれならば大丈夫、
札を細くくるくる巻いて肛門へ!
札も身のうちになれば眠るだらう、
夜中にお婆さんは夢うつつに
カワヤに入つてハッと思つた、
――さあ、大変じや、
皆んなきてくれや札を落した、
夜があけたら
早う、おわい屋を呼んでこい
金銭に就いての醜悪さは
まあ、ざつとかいてもこんなもの
突つこんで描写してゐたら、
謹厳な読者に顔をそむかせよう、
手押車に紙幣束を
うづ高く積んだのを
ゴロゴロと銀行の
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