小熊秀雄全集−7
詩集(6)長篇詩集
小熊秀雄

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[表記について]
●ルビは「《ルビ》」の形式で処理した。
●ルビのない熟語(漢字)にルビのある熟語(漢字)が続く場合は、「|」の区切り線を入れた。
●二倍の踊り字(くの字形の繰り返し記号)は「/\」「/゛\」で代用した。
●[#]は、入力者注を示す。
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●目次
紙幣
シャリアピン
長長秋夜
魔女
きのふは嵐けふは晴天(抒情詩劇)
託児所をつくれ
諷刺大学生


紙幣

紙幣よ、
貴様のためにこの私の詩人が
歌ふのを光栄と思へ、
だが貴様はいふだらう、
――何を生意気な貧乏詩人め、
  イノシシとは一体
  十円札か百円札か知つてゐるか
さういはれてみると一寸胴忘れした
然しそんなことが何の恥辱だらう、
紙幣の図柄をゆつくり
見て居る暇もない程に
貴様はいつも私の右から入つて左へ抜ける
まるで駈足だ。
もし私がブルジョアならば、
お前にもつと親切だらう、
図柄もとつくり見ようし、
一枚一枚アイロンをかけて皺をのばさう、
お前は時代の寵児
お前は向ふところ敵なしだ、
札束で頬ぺたを殴られると
いかに謹厳なる将軍も
莞爾と笑ふ
そして将軍らしく胸を張つて
おもむろに鬚をひねつて
札に向つて言ふ
――うむ、うむ、御苦労じやつたのう、
何が御苦労だ、
凱旋兵か、帰還兵か、斥候かを
迎へるやうに気嫌がよい、
出て行つたものは帰つてくるのが、
当然だといふ態度だ、
あゝ、だが私の詩人のところから
とびだした紙幣の斥候兵は
ただの一度だつて帰つてきたためしがない、
将軍が札束を前にして
やにさがつてゐる間に
戦況は刻々と変化し逆転してゐる、
夫人はデパートの電話をかける
すると自動車が玄関に現はれ
中から飛び出したものは
価格一千円の銀狐だ
夫人は狐を首に巻いて
姿見に立つてみると
狐の顔はにこやかに笑つてゐるやうに見える、
だが事実は反対なのだ、
狐の表情は笑つてゐるのではない、
夫人は狐の硝子製の一見生きたやうに
見える死んでゐる眼を怖れなかつた、
だが狐は夫人の胸元を
爪をもつて蹴りあげながら
――うらめしい
  うらめしい
  鉄砲がうらめしい、
猟師[#「漁師」に「旧帝制時代の廷臣。官僚」の注釈つき]は妻の毛皮の襟巻のために
イノシシの図案のついた札を数へて渡した、
一匹
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