なくとも
わたしはすべてを知つてゐる、
ソビヱットのこと、
旦那の若い頃からの友達ゴリキイ旦那の最近の便りも
せつせと走り廻つたり、聴き廻つたりして、
世の中のだんだん変つてゆくのを
知ることは私の楽しみだ。

   2

旦那の歌はもう聴きあきた、
汚らはしい金持の拍手と
無理をし算段をして入場料を払ひ
旦那の芸術を聴きにくる人々の
割れるやうな拍手が、ホールに響くのも毎度のことだ
だが大きな働いてゐる手の持主
労働者の拍手をついぞ聞いたこともない、
なにせ入場料が、二円、四円、六円ではね、

   3

かう見えても、わしは蚤の仲間のコンミニストなのだよ、
だから御主人シャリアピンの批判もできるのさ、
まあ笑はないで下さい。
  蚤のコンミニスト
  さらば、我が蚤に
  心ゆくまで
  悪態を言はしてみよ、
  蚤の悪態、ハハハハハ
  蚤―、ハハハハハ
  ハハハハハ、蚤のコンミニスト
いかがで御座る、
見やう聴き真似で御主人の
メフィストの蚤の歌に
そのまゝそつくりの巧みさがあるでせう。
日本でもこれを歌ひました
桟敷から誰かゞロシア語で吐[#「吐」に「ママ」の注記]鳴つた、
「メフィストの蚤の歌を謳つて下さい」
するとシャリアピンは舞台から
「いま、音楽会が始まつたばかり
 そんなにあわてなさいますな――」
と愛嬌を振りまいて又々拍手拍手であつた。

   4

御主人はちと認識不足だよ、
あわてなさいますなと言つたところで
日本人といふ国民性は
世界の中でも最も
あわてる人種だといふことを御存知ないのだ、
ヤポンスキイ(日本人)は感情的な人間が多いが、
深い感情ではない、
いつも「追ひつめられた決意」で動く国民だ、
そしておそろしく単純だ、
――ソビヱット即スターリン
――文学即ゴーリキイ
――プーシキン即オネーギン
――シャリアピン即蚤の歌さ、
物事を端し折つて
理解することにかけては天才さ、
「其他の条件」といふことを
無視する才能に恵まれてゐる。

   5

わしの旦那シャリアピンは
なるほど声楽王にちがひない
第一に声量の大きな点
だが声量に驚ろくこともない
驚ろくものは「井戸の蛙」だ
外国にはあの程度の声量は珍らしくない、
シャリアピン的声量は
日本のそこらにもザラに転がつてゐる、
閲兵式へ、練兵場へ行つてごらん、
戸山ケ原へ行つてごらん、
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