の服装も
色彩は豊富だ、
ただ一色であるものは
戦に出た者達が
生きてかへるか
死んでかへるか
二つにひとつである、
ひとしきり猛烈な集団戦があつて、
鎧に桜の枝さして
出陣した若いロマンチストも、
鬼面人を驚ろかす
兜をかぶつた武士も、
敵の足を長柄の槍で横に払つて
転んだところを
首を掻いた卑怯者も、
百姓家を襲つて
百姓の首頂戴して敵の首に
間に合はした横着者も、
すべての戦士意気揚々と
陣営にひきあげてきた、
これらの戦士達が
必ず敵の首を引つ提げて
来るとはかぎらない、
カラ手で帰るものもある、
だが彼は悔いてはゐない、
まだ胴に首がついてゐる
敵がたくさんゐるから、
彼は負傷して帰つてきた
彼は大将の前で一切を報告した
肩の痛みは焼けるやうだ、
苦痛は電光のやうに顔を走つて
顔の筋肉をぴりぴりふるはせ
――誰かある、彼を陣営にひきとらせ
 手当いたしてつかはせ、
引退つて陣営にかへると
彼は精一杯
苦痛に泣いたり、わめいたりする、
この戦ひに誰が一番勇気があつて
首を沢山獲つてきたか、
栗毛の馬の持主か、
緋縅の鎧か
千軍万馬の戦功者
クロガネ五郎兵衛久春殿か、
いやいや彼は今度の戦ひでは
順調にいかなかつた、
かへつて鼻を削《そ》がれて帰つてきた、
醜態と名誉との総決算所へ
ふうふう馬のやうに
鼻穴をひろげて
十三個の敵の首の
耳から耳へ数珠つなぎ
薯の俵を引いてくるやうに
首をごろごろ陣営に引いてきたのは
単なる一雑兵にすぎない、

彼は全く戦にかけては
ズブの素人で
つい夏の頃から百姓から雑兵に
成り上つたもの
言はゞエキストラ
無口で温順で、ものぐさで
一見愚鈍で、のろのろしてゐる、
突撃の前、
武士や雑兵たちがそれぞれ
長槍を吟味したり刃を調べたり
風を切つて刀の撓《しな》ひを試めし
目釘の検査、足固め、鎖カタビラ
キリリ眼がつりあがる程
鉢巻締めて、胸わくわく
焦燥と不安に陣営の湧きたつとき
彼は人々のすることをぼんやりと
気抜けのやうに片隅でじつと見てゐた、
朋輩は彼をせきたて
――行かう、といふ
彼は何処へとたづねる
――戦場へ、――と朋輩はいふ、
――何をしに――と彼はいふ、
――知れたことぢや首獲りにぢや、
この血の巡りの悪い百姓雑兵は
始めて頭をたてに振つて
合点、合点
――おらあ、首欲しうないわ、
――欲しうなうても獲るのが戦さぢや、
――成程、
――大将は敵の首をたいへん所望ぢや、
――幾つ獲つて来たらいゝだ、
――いくつ、そりや多い方が機嫌がいゝ
 だが敵は素直に首は渡すまいぞ、
――成程
――なにが成程ぢや、
 てめいと話をしてゐると
 シンが疲れるわ、
 そうれ出陣に法螺の貝が鳴りをつたわい、
――ぢや、出かけべい、

小手をかざして見渡せば、
山野になびく旗幟、
白字に赤く、上り藤、下り藤、
また怒れる七面鳥、イタチの宙返りなど、
それそれ紋所に図案を凝したり、
旗幟どのやうに華美に
山野を飾らうとも
所詮、生命のやりとり場所、
人馬のいでたち美しければ美しいほど
たたかふものはメランコリイになる、
一日の戦が終つてホッと吐息をつく、
それぞれ収獲をたづさへてかへる、
首の土産のない者は
あの時、敵がヤッと叫んで切りつけたとき、
その時、ひらりと身共は一間程も飛び上つたり、
などと陣中自慢の手柄話は尽きない、

そこへひよつこり百姓雑兵
この度の戦にも十数個の
敵の首を提げてきて人々を驚ろかす、
所望とあれば
もつと持参致しませうかと、
いまにも駈けだしさうなので
大将まあまあ良いと
あきれて押しとどめるほど
この愚鈍な百姓雑兵は
いくさの度にいやいやで出掛け
首獲りの成績では陣中第一人者だ、
彼はいくさは性に合はなかつた、
林の中にもぐりこみ
昼の内はぐつすり草の中に眠つてゐる、
その日の戦も終末に近づき
敵味方陣に引きあげる頃
やをら彼は叢の中から現れ
林の暗い小路に仁王立ち、
折柄通りかゝる味方の武士を呼びとめる
――ちよつくら待つてくれろ、
 お前さま敵の首を獲つて来ただか、
武士は呼びとめられて
雑兵をじつと見すかしながら
――いかにも、首はとつて参つた
 群がる敵陣にうつていり
 当るを幸ひ切りまくり、
――当るを幸ひ切りまくり、
 いくつ獲つて来ただ、
――一つ獲つて参つた、
――それでは、その首おれにくんろ、
――何と申す、無礼者、
――首渡さねば、お前さまの
 首もちよつくらネヂ切るだに、
――これは無法な奴
 おのれが敵陣にかけこんで
 とつて参つたらよいに、
――そんな事、百も知つてるだ、
 そんなら殺生嫌なこつた、
 うぬら百姓の米喰つて腹減らして
 首とつて嬉しがつてる
 気がわからねいだ、
――こいつ、こいつ大胆不敵な奴、
――文句いはねいで首おいてゆけ、
武士は腹を立てゝ大刀抜き放し、
百姓雑兵に切りかゝると
雑兵は田舎仕込の太い腕で
松の木引つこぬいて
ぶんぶんふりまはして
武士を追ひつめ首を横取りしてしまふ、
こんな調子で味方の武士の
首を横取りしては済ました顔、
おのれの名誉のためにも
百姓雑兵に首を横取りされましたとも言へないので、
泣寝入りの武士が恨めしさうに
大将の前に雑兵の差出す首を
横眼でみてゐる、
いまでは陣中では
首の横取り百姓雑兵と
もつぱらの評判、
陣中では知らぬは大将ばかりなり、

百姓雑兵は、いつたい戦にかけて
強いのか弱いのか、
武士たちはいくら考へても判らない
百姓雑兵はいつものやうに
夢現つに銅鑼の声をきゝながら
次の戦にも林の叢で昼の間は寝てゐた、
そろそろ味方が首を獲つて帰る頃だと、
やをら立ちあがつて
辺りを見まはすと、
どうしたことだ、
戦場には味方の胴体ばかり
ごろごろ転がつてゐて、
その格好は
どれもあまり行儀がよくない、
味方は全滅
大将もとつくに首がない、
――いくさべイ終つただか、
 それだば大将さまも
 もう首いらねいだべ
 やれやれ、村にけいつて
 いもでも掘つくりかえすべいか、
と傍の馬にひらりとまたがつて
百姓雑兵はとつとつと村へ引あげてゆく。



飛ぶ橇
  ――アイヌ民族の為めに――


    1

冬が襲つてきた、
他人に不意に平手で
激しく、頬を打たれたときのやうに、
しばらくは呆然と
自然も人間も佇んでゐた。
褐色の地肌は一晩のうちに
純白な雪をもつて、掩ひ隠くされ
鳥達はあわただしく空を往復し、
屋根の上の烏は赤い片脚で雪の上に
冷めたさうな身振りでとまつてゐた、
そして片足をせはしく
羽の間に、入れたり出したりしてゐる。
きのふまで樹の葉はしきりに散りつづけ、
寒い風は、海から這ひあがり、
二十数戸の小さな漁村の
隅から隅まで邪険な親切さで
――わしはもう明日から秋の風ではないよ
  わしは明日から冬の風だよ、
とふれ廻つた、
村の人々は風の声を聴いた、
街の祭日が終つて、
見世物小屋の大天幕を取り片づける時のやうに
華やかさの後に来る、寂寥さをもつて
めいめいが河岸へ降りてゆく
積まれた焚木の上に厚いムシロをかけたり、
村の背後の林の中から
細い丸太ん棒を引きずりだしてきたり、
自分の小屋の倒れかけた壁へ
その丸太をもつて倒れないやうに支へをつくる、
子供の習字の紙を小さく切つて、
部屋や、物置小屋の窓といふ窓へ目貼りをして
風と雪との侵入に備へた。


    2

これらの冬の準備は、北国の人々の敏感さで、
金のある者は有るやうに、
金のないものは又無いやうに、
それぞれの予算の中で
非常な素早さをもつて手順よく行はれた、
全く貯へのない家では
河岸から板切れを何枚も
拾ひ集め、ムシロを集め
いらだちながらそれらの物を手当り次第に
釘をもつて家の周囲に打ちまくり、
林の木の葉の
最後の一枚が散りきつたと思ふときに
空は急に低くなつたやうだ、
そして周囲は急にシンとしづまつた。
その静けさは、長い時で三日、或は一日つづいた、
短いときはほんの数秒間、
不意に咽喉をしめつけられたやうに
村の人々が呼吸をとめた、
そのしづけさに耳を傾けて聴き入つた、
村の人々は立つたり坐つたり
家の戸口に出たり入つたり落着かない、
馬車挽はそはそはと幾度も
馬小屋の馬を用もないのに覗きにゆく、
この天地の静けさが極度に達したと思ふと、
海から、周囲の山蔭から、
数千の生き物が、手に手に
木の杖をもつて、コツコツと土を突いてやつてくるやうな、
ざわざわといふ、ざわめきが遠くにきこえ、
近づいてきた、
この得体の知れない主が
村を一眼に見下ろすことのできる
山の頂に辿りつき
これらの生きもの達は、不意に叫びをあげ、
村の上にその重い大きな胸をもつて倒れかかつた、
人々はハッと思ふと、もうこれらの群の姿はない、
ただ山といはず、野といはず村といはず、
すべてを掩つて白い雪のマントを
拡げて立ち去つた、
人々は始めてホッと長い長い溜息して
たがひに顔を見合せる。


    3

雪が来ると、この最初の雪は愛撫の雪、
山峡の村は一時ポッと暖くなり、
寂しい秋を放逐してくれた新しい
冬の主人を迎へたやうに瞬間感謝の気持になる、
村の娘たちの頬ぺたに朱が加へられ、
毛糸の青い手袋で、こすればこする程
頬は林檎のやうに赤く可愛くなつた。
寒気がつのつてくると娘達の頬は
こんどは紫色にかはつてくる、
水仕事や、薪切りや、父親が山から炭を
手橇で村まで運びだす後押しをしたり、
娘たちはさまざまの生活の
ヒビ割れが手や頬にできる、
漁師たちは冬がくれば杣夫になり
春がくれば百姓が今度は漁師にかはる
漁師はとほく牧草刈に行つたり、
木材流しに雇はれたり、
樺太に住む人々は殖民地生活の
特長ある浮動性に
あるときは南端の鰊漁場から
北端のロシアとの国境の街まで生活を移してゆく、
――今度何々村に王子の製紙工場ができるとさ
――ぢや行くべ、こんな村さ、へばりついてても何にもならんでよ、
――そうだ、そだ、出かけべ、
  何か仕事あるべよ、
――あゝ、あるとも、角材出しでもなんでもな、
  うんと越年《をつねん》仕事に儲けてくるべ、
人々はすぐ共鳴してしまふ、
幾つかの行李を発動機船の胴の間に投りこみ、
幾家族かは北へ指して村を去つてしまふ、
――国境さ、兵隊さん越年するとさ、
――それだば、でかけて軍夫にでも雇はれべいか、
――さうするべ、
馬が立髪をふつて
嫌だと足をじたばた踏むのにお構ひなしに
小屋から橇を引き出して
馬の首の鈴をチャンリン、チャンリンと
鳴らしながら橇の一隊は
海伝ひに数十里の雪の路を
国境の街を指して行つてしまふ、


    4

『偶然そこに住む事になつた土地土地の
 人間の風習に苦もなく染つてゆく
 露西亜人の風習』――と
ロシアの詩人は歌つた、
樺太の人々の風習もまたそれに似てゐた、
その性質の嘘のやうな柔軟性
その生活への素直な順応が
良いことか、悪いことか人々は気づかない
北国庁の役人や利権屋たちは
政治的激動の中心地
東京へしつきりなしにでかけてゆく
だが村へは日刊新聞を十日分づゝ
帯封にして月に三回だけ配達される、
植民地拓殖政策が
一束にして投じられる、
だが池の中心の波紋が
岸まで着かない間に消えてしまふやうに
中央政府の政策がどうであらうが、
雪に埋もれた伐木小屋の
人々にはなんの興味も湧かない、
政変があらうが人々は
ものゝ半日もその話題を続けない、
村の河へ鮭が卵を生みに
のぼつて来たことがもつと大切であつた、
しかし時代の反映は色々の形で現れる
北海道へ出稼ぎに行つたアイヌ人の
イクバシュイ日本名で『四辻権太郎』
村へ帰ると彼の様子が変つてゐた
彼は人々の前に突立ち
どこかに隠してゐたアイヌ人の
民族的な激情性をぶちまけて
――シャモ(和人)たち、
彼はさう叫んで節くれ立つた握り拳で
かなしげに鼻の頭を横なぐりにこすり、
――シャモ、おら社会民衆党さ入つたテ、
  アイヌ、アイヌて馬鹿にするな、
  アイヌも団結すれば強いテ、
人々はどつと声を合し
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