伝へたい、
兄弟子は私に言ふ、
――君は、綱をもつと動かすんだね、
私は驚ろいて彼の顔を見あげた、
顕微鏡的眼ではなくて、
生きた眼で綱をみよう、
また綱を正しい綱の太さとしてみよう、
然し綱は危険にさらされてゐるのだ、
これは動かぬものとして考へる以外に
渡り方があらうか、
それに兄弟子は――
綱を現実を――更に動かせといふ
私はすべてを諒解した
ゆらり、ゆらり、と綱を動かして見た、
私はその動かし方を次第に強く
もつとも調和的な形で
綱を自分自身で牽制してみた、
すべてが、うまくいつた、
何といふ現実だらう、
おゝ、綱よ、私のものよ、
自由よ、
私は綱に勝つたのだ、
すばらしいことだ、私は綱の上で笑ふ
観客が一人一人はつきりと見える、
私は綱の上でげらげらと笑ひ、
観客に向つて叫ぶ
――理想が人間をとらへるんぢやない。
――人間が理想をとらへるんだ。
――綱がおれを動かすんぢやない。
――おれが綱を動かしてやるんだ。
――友よ、観客よ、靴屋よ、文士よ、
 君等も君等の現実を
 狼のやうに咬へてふりまはせ。

観客諸君――、
私は何時かこの綱の上から墜ちて死ぬだらう、
私の墜落はニュ
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