君は間もなく落つこちるだらう、
 批評家、親方の――突込めの掛声に
 うつかり乗つたら大変なことになるよ、
親方はまた私に言ふのだ、
――綱の上で、もつと愛嬌をふりまくんだね、
 あんなしかめつらでは
 お客の人気が悪い
恐怖そのものだ、
私の生きた眼は顕微鏡になつたのだらうか、
あゝ、しかも死の上の現実には
しかめ面《つら》以外に表情がないではないか、
それに親方は笑へといふ、
真珠釦に、茶褐色筋入半ズボン
髪は鳶色、青い靴下、
薔薇の花を帽子にさして簪のやうだ、
幅広のカラーに
ゆつたりと結んだ桃色ネクタイ
これが私の服装、
オスカア・ワイルド風の
唯美派の道化服の手前、
綱の上で悲劇的なツラをすることが
調和的でないことを私は知つてゐる
だが別な批評家は私にいふのだ、
それで良いんだと――、
現実主義とはすべて悲劇的なツラであると――。
私もそれを正しいと思つた、
苦痛の中から
どうして笑ひをヒリ出すことが出来るか、
親方の私に要求する笑ひは
彼の営業政策からだらう、
それは先づいゝとして、私は私自身で
綱の上から真実に笑ひたいんだ――。
観客に向つて、こぼれるやうな、
笑ひを
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