よ、
お前の現実は
靴以外には無いくせに、
お前が靴の寸法を間違へたら
私が喝采してやらうか。
――お客よ、
文士よ、
お前の現実は
原稿紙の枠を埋める以外にないくせに、
お前が駄作を書いたら
私が喝采してやらうか。
綱の上の私をして間もなく
新しい生活が悦こびを充満させた。
じつと綱をみつめてゐると
綱の細い輪郭はふくれ
しだいに太く見えだした。
四斗樽ほどにも太い連続に――、
そこへ一歩を踏みだすことが容易になつた、
現実の拡大か。
それとも現実からの
新しい現実のつまみ出しか。
とにかく、私は平地を歩るくやうな
安心さで、高いところの綱の上を渡る。
一粒の米をみてゐると、
こいつも味噌樽位の大きさに見える、
すばらしいぞ、
失業をしたら、一粒の米に、
般若心経二百六十二字を書いて
売つて暮らさうか――。
私はこの経験を兄弟子に語ると
兄弟子は眉をひそめながら私に言ふ
――可愛いタワリシチよ
おゝ、それは正しくない、
綱は決して四斗樽の太さぢやない、
綱はあくまで綱の太さに尽きる、
君の綱の見方は
顕微鏡的現実だよ、
君は正しいリアリストぢやないよ、
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