炉の傍に彼はゴロ寝をした、
五分芯ランプの小さな火の下で
権太郎はだまりこみ足を投げだし
鋸の一端をその両足で挟み、
ヤスリで鋸の目を立ててゐた、
18
雪の中の小屋はあくまで静かで、
アイヌの荒い呼吸と、
海の遠潮の音とが交互にきこえ、
彼は折々手を休め
獣の爪のやうな堅い爪をもつて
目立ての出来工合を知るために
鋸の一端を爪で弾いてみる、
するとはじかれた鋸が
チーンと時を報ずる時計のやうな
美しい澄音を小屋中にひゞかせる、
その時、犬小屋は急に騒がしくなり
奇妙な声をたてゝ
一匹が咆えだすと
全部の犬がそれに続く、
アイヌはフッと顔をあげて
なにか落つかぬ表情をする、
シッシッと犬を叱る声をたてながら
炉の燃えさしの木を足で押しやり、
傍の新しい焚木を加へる、
山林官の眠つてゐる弛緩した
顔の皮膚は見るからに
眠りは最大の平和であると語つてゐるやうに、
全く昼の猟の疲労で熟睡してゐる、
小屋の中の
人間の生活はこのやうであつた、
その時自然はどのやうであつたらう、
19
月は何処にも現れてゐない、
然しどこからともなく光りが
いちめんに村落を照らし
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