官は水の流れの激しさに
暫し躊躇してゐると
権太郎は肩幅の広い背をつきだして
おんぶすれといつてきかない
アイヌは獣よりも確かな敏捷な足どりをもつて
飛石伝ひに彼を対岸まで運んだ、
山林官はその時のことを覚えてゐる、
大人が大人を背負つてゐるといふことは
平凡で異常でない出来事とはいへない
こゝではたゞアイヌの愛情がそれをさせた。
山林官が追想の中から引きだせるものは
かつて子供の頃父親の背に
背負はれた記憶がよみがへつたことだ。
10
若い山林官とアイヌとは炉を挟んで
さまざまな世間話を始める
権太郎の息子が町の酌婦と駈落ちをしてしまつた話
そして息子は女に捨てられて
北海道の或る都市の活動写真館の
楽手になつてラッパを吹いてゐるといふ話
話し終ると権太郎は
――ほんとに餓鬼は、旦那、アイヌの面汚しだて、とつけ加へる
――権太郎、まあ息子は楽手になつたんだから出世したと思へ
と云へば彼はうんとうなづく
アイヌの父は社民党の演説をきいて
ついフラフラと単純に加盟し、
息子は街へでゝ映写幕の前の
暗いボックスの中でクラリオネットをふく、
すべて和人なみになつたことは
二人に
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