権太郎の足さきから一気に
胸まで駈けあがり主人の眼といはず
鼻といはずペロペロとなめる、
――こん畜生奴、やめろテイ
彼は身を横にふる、
だが彼の顔は笑つてゐる、
三つの生物の親密の度合が
雪の中に高まつてゆく、
そしてあらゆる静かな周囲の世界の中で
もつとも動的なものとして動いてゐる。
6
犬達はふざけ合ひ巧みに
歩るいてゆく主人の周囲に円を描きながら
小屋へ近づくと権太郎はホウホウと、
大きな手をひろげ犬の群を追ふ
すると犬達は犬小屋へ去つてしまふ、
アイヌは重い小屋の戸に手をかけ
扉をひきちぎるやうに開く
戸の一端に縄で吊り下つてゐる
大きな鉄の分銅がガタンとあがり
権太郎が入つてしまふと分銅は
戸をしぜんに閉めてくれる
空が晴れてゐるのに強い風が吹いてきて
風が崖下の村へ雪を吹雪のやうに吹きつけ
海は轟々と鳴り岸の結氷は
ギシギシと音鳴り氷が着いたり離れたり
絶えまない氷の接触に
どうしても聞き分けることのできない
人間の声のやうに呟ぶやく、
鈍重な氷のうめきは断続し
時々積まれた空瓶が崩れるやうな
明るい音響をたてる、
その音響は空白な
衝動的な笑ひのそれに似てゐ
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