は今度の戦ひでは
順調にいかなかつた、
かへつて鼻を削《そ》がれて帰つてきた、
醜態と名誉との総決算所へ
ふうふう馬のやうに
鼻穴をひろげて
十三個の敵の首の
耳から耳へ数珠つなぎ
薯の俵を引いてくるやうに
首をごろごろ陣営に引いてきたのは
単なる一雑兵にすぎない、

彼は全く戦にかけては
ズブの素人で
つい夏の頃から百姓から雑兵に
成り上つたもの
言はゞエキストラ
無口で温順で、ものぐさで
一見愚鈍で、のろのろしてゐる、
突撃の前、
武士や雑兵たちがそれぞれ
長槍を吟味したり刃を調べたり
風を切つて刀の撓《しな》ひを試めし
目釘の検査、足固め、鎖カタビラ
キリリ眼がつりあがる程
鉢巻締めて、胸わくわく
焦燥と不安に陣営の湧きたつとき
彼は人々のすることをぼんやりと
気抜けのやうに片隅でじつと見てゐた、
朋輩は彼をせきたて
――行かう、といふ
彼は何処へとたづねる
――戦場へ、――と朋輩はいふ、
――何をしに――と彼はいふ、
――知れたことぢや首獲りにぢや、
この血の巡りの悪い百姓雑兵は
始めて頭をたてに振つて
合点、合点
――おらあ、首欲しうないわ、
――欲しうなうても獲るのが戦さぢ
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