は
湖に降りたつた白鳥が
湖面の水に波紋をつくつて
瀕死の姿態をつくることを
この上もなく美しいものとした、
あゝ我々の瀕死の白鳥は
いま湖に降りようとする、
新しいロシアにとつてそれは
何の魅力もなく美しいものでもない、
こゝには我々の痙攣があり、
水に消えさる苦悶があり、
そして波紋は瞬間にして去つてゆく。
死界から
君達は生きた人間の世界を
私は死んだ人間の世界を
生と死とこの二つの世界を
君達と私とで占有しよう、
そして二つの世界に属しない
ものたちを挟み撃しよう、
二つの世界に属しないものが
果してあるか、
ある――、
生きてゐることにも
死んだことにもならないものが、
死を怖れなかつた時代よ、
肉体から
最後の一滴の血を
したたり落す瞬間まで
死の怖ろしさを
知らなかつた男のために、
私は死の門をひらいてやらない、
そいつの霊よ、
勝手なところへ迷つて行け、
我々の死界には
何の機関もない、
死んだもののためには
生の世界の君達記録係りが
ペンをとりあげよ、
更に生きてゐる人間の
行動の正しい評価のために
君らの世界に
新しい墓標を数かぎりなく
立てたらいゝ、
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