はそれには答へずに言つた、
――いつたい、これは何だ、
――まあお前さん達は
  何処の国の兵隊さんだね、
  支那の兵隊さんが
  豚を忘れてしまふとは、可哀さうに、
  よつぽど腹がすいて、眼がくらんだのだらう、
  豚だよ、豚だよ、
そつちが頭で、こつちが尻尾だよ、
お前さんが糞をすると
尻をいつもナメてくれた、可愛い
あいつだよ、
――ああ、あいつか、豚か、
――みんな来い、それ豚だ、
プラムバゴ中隊は食慾の混乱に陥つた、
そしてたがひに争つて
何処から先に喰はうかと
たがひに躊躇してゐる風だつた、
その時だつた、
中隊長はじつとこの光景を見てゐたが、
彼は胸を張り、大きく一つ呼吸をしたと見る間に
天地に轟く声を張りあげて
――中隊、出発
と呶鳴つたものだ、
豚を囲んでひしめき合つてゐた兵卒たちは
驚いて地上に一尺も飛び上り
瞬間、不動の姿勢をし、
たちまち味覚の妨害に憤りが爆発し、
腰の剣を一斉に抜き放ち
たがひに口々に
――畜生、
  こんな豚喰へるか――、
  こんな豚喰へるか――、
と気狂ひのやうに豚に切りつけ、
唾を吐きかけ
豚の原型をなくするほど
切つて切つて切りま
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