つのればつのるほど
私の顔は心と反対に――。
大げさに、快活になり
笑ひふるまつたのだ、
あらゆるものが、ゲ・ベ・ウに見えた、
私の心臓までもゲ・ベ・ウになりやがつた。
刺す虫までも邪険に
毒を私の肉体に注ぎこんだ。
私は周囲をみまはした、
君等の心臓がなんといふ
真実な太鼓となつて
建設の歌をうたつてゐるんだらう
私はそれが理解できなかつた、
君等は大きな声で、大つぴらに
ソビヱットの悪態を吐《つ》いたり、
また歓びの声をあげたりしてゐる。
それが不思議なんだ、
どうして諸君は、
あんなに率直に語ることができるかと――。

機関士

可哀さうな、ワフラメヱフよ、
君はいま、歩いてゐるんぢやないんだよ、
君は金属の鳥に乗つてゐるんだよ、
しつかりしてくれよ。
見給へ、下を、
君は一分間に我々の飛行機が
幾つのソビヱットの林区を
飛び越してゐるかを知つてゐるか。

操縦士

私は知らない――。
地図、コムパス、を無視してしまつた。
飛ぶところへ、飛んでゆけ、
私は飛行機に乗つてゐるんぢやないんだ。
空を歩るいてゐるんだ。
何て早い靴だらう。
私はいま私の運命を
短時間で解決してしまはうとしてゐるんだ。
もし私が、私の所属部隊、
沿海洲ワスクレミヱンカ飛行、
第三十編隊兵舎から
この満洲の国境まで、
テクつて来たとしたら幾日かゝるだらうね、
想像しても怖ろしいことだ――。
あらゆる河を、路々呑み乾しても、
私の苦痛に乾ききつた咽喉は治らぬだらう、
友よ、この空飛ぶ靴を私に借せ、
同志ドミトリー君よ、
君はパラシュートで飛び降りれ――。
君はソビヱットに降りれ――。
私は機体を満洲国へ突入しよう。

機関士

君はまるで駄々つ子だよ、
一台の飛行機に
二つの闘争が乗つてゐるんだよ、
君が私を愛してゐる友情と、
私が君を愛してゐる友情と、
どつちが熱烈だらうか。
私はソビヱットを愛してゐると同様に、
君をもほんとうに心から愛してゐるよ、
階級的行動は、離れ離れではいけない
すべて共働性の上にたつてゐなければならない、
若し君と私との友情が、
我々にとつて断ち難いものであつたら
君は私に、どういふ方法をとつたらよいか、
それを教へてくれ給へ、

操縦士

私には判らないのだ、
私は君の友情のために苦しいのだ、
私は――君を同乗させて
きたといふことは失敗だつた、
私は反ソビヱットの犬を
乗せてきた方が、ずつと気楽だつた、
私のやうにソビヱットを
逃げ出したい奴が沢山ゐたのだから。

機関士

新しい世界を
古い自由の物指しではからうとする者は、
ソビヱットでは総べて苦しいのだ、
これらの毛のぬけた犬や鼠は
ソビヱットの袋の中にゐる。
君も私も、その新しい袋の中で
古い要素と闘つてきたし、
また自分自身の心の中の悪漢とも闘つてきた。
試験飛行のために、
新しいモーターを装備して
我々の飛行機は離陸した――。
我々に与へられたものは飛行機であつて、
決して脱落の自由ではなかつた、
ソビヱットを飛び去る自由ではなかつた筈だ。

操縦士

私にとつて試練の日であつた――、
出発の時、隊長は
燃えるやうな激しい眼をもつて
じつと私の眼の中をみたやうに思ふ。
私はその時、強い衝動と意志を
眼をもつて表示した、
だが、私の飛行機が灰色の雲に分け入つた瞬間、
私は雲の中に、無数の物の形を見た――。
人間の形は私にかう呼びかけた
 ――吾が子ワフラメヱフよ、
 父はお前のソビヱットに反抗した、
 そして殺された、
 吾が子よ、
 吾が子よ、
 お前は善人に仕へてゐるのか、
 悪人に仕へてゐるのか。
私の頭は混乱し、
手はまるで意志に反したやうに、
しだいしだいに眼に見えない幻影に
押しやられるやうに、
南へ南へと舵をとり
あぶら汗をながしつゝ私は必死と《ママ》たたかひ、
北へ――北へ、と舵を向けるのに、
何といふことだ、
意志の気流は南へ――南へ、と流れた、
それが私の必然的な運命だ、
あゝ、だが私の座席の傍に
おそろしいものをみた、
ドミトリーよ、
それは君だつた、
君はなんといふ同志的な愛をもつて――。
鉄のやうな冷静さをもつて――。
たえず微笑しつゝ
私の脱走の為めの飛ぶが儘にまかしておくのだ、
君は私にかはつて操縦席に着かうともしない。
君は拳銃をもつて私を射殺しようともしない。
君はパラシュートで降りようともしない。
ドミトリーよ、
いま我々の飛行機はソビヱットを、
離れつゝある、
君は、早く君自身の処置をとつてくれ、
君は、君の愛するものを離れつゝある、
君はソビヱットを愛してゐるのか、
それとも愛してゐないのか、言へ。

機関士

私はソビヱットを愛してゐる、
そのためにこそ――。
私は私の愛する君と、行動を共にする。
雲の中に君は父親の幻
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