二の雪崩は
権太郎の小屋をも押しつぶした、
権太郎は押し潰された暗黒の小屋の中で
しきりに山林官の
名を呼び手探りした
手にふれたものは山林官の
着衣の一部でありそこからは
にぶく瀕死のうめきが伝はつてきた。
――シャモ、しつかりしれや
アイヌは絶望的な声をあげ
出口を求めるために
雪明りのさす方ににじり出た、
そこに破壊された天窓を発見し
いつたん彼はそこからはひ出た。
21
同時に小屋の破れから犬達が飛びだし
先に争つて遠くに逃げて行つてしまつた、
村は惨憺とした自然の暴威に屈服し
人々の黒い影が右往左往してゐたが、
権太郎は次の瞬間
小屋の中に山林官の救ひを求める声をきいた、
――フホホーイ、ホーイ、と
権太郎はアイヌ達が
危急の場合に仲間に
知せる奇妙な叫び声をあげ
炉火から燃え移つて
小屋が燃えだしたその煙をみたとき
彼はアイヌ族の英雄的な勇気が
勃然と心に湧いてきた
そしてふたたび小屋の煙の中に潜り込んで行つた。
22
権太郎は心に第三の雪崩を予期し
けだものよりも敏捷な態度で
はげしく山林官の服をひつぱつてみたが
山林官はしつかりと
何かに咬へられてゐるやうに動かなかつた
倒れ落ちた屋根の梁は
山林官の左の手首をしつかりと押さへこみ、
雪の重みはその梁に加勢してゐた
到底彼の力で梁を持ち上げるなどは
思ひもよらない
そして火は仕事をいそげ
でなければ燃き殺してしまふぞ――と
威嚇的に燃えだした
武器をもつてゐなかつたアイヌが
熊に噛みつかれた瞬間
熊の舌を掴んで手離さなかつた
遂に武器なしに熊を倒した話がある。
真の勇気とは
何時も直截な手段を選ぶものだ、
権太郎は自分の帯をほどいて
山林官の腕をかたくしばりだした
傍の鋸をみつけると
梁を伐るのではなく
山林官の二の腕に鋸をびたりとあてた。
――シャモ、がまんしれよ、
――シャモ、がまんしれよ、
暗から聞えるのは
人間の骨を切るゴシゴシといふ梁の声
山林官の苦痛の悲鳴にもまして
『我慢すれよ』の権太郎の
繰りかへしの言葉は
悲鳴を帯びてゐた、
そして血に塗れた鋸と
山林官の腕を梁にのこして
山林官の体は地上に運びだされた。
23
権太郎は雪の上に
山林官の体をよこたへ、
それから激しく続けさまに
口笛をふいた、
すると何処からともなくたくましい
耳のピンとたつ
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