集める必要があらうか、
山林官はすつかり悲観してしまふと
権太郎は傍で腹を抱へて笑ひだす、
――旦那、山鳥はかうして撃つもんだてや、
アイヌは先に立つて場所を変へ
そして呼笛のねばりのある甘い、
澄んだ音響を林いつぱいにひびかせる、
すると山鳥は前のやうに
続々と二人の頭上へ集つてくる。


    16

権太郎は殆んど全身をむき出しにして
ズドン、ズドンと何時までも射撃してゐる
ばたり、ばたりと山鳥は
果実でも落ちるやうに
足元へ落ちてきて
地上で狂はしく羽を舞はしてゐる。
何としたことだ、
アイヌの銃声には
山鳥たちは驚かないのか、
そして最後の一羽まで
山鳥たちは撃たれるのを待つてゐるのだ。
アイヌは説明する、
狙ふもの、撃つもの、
射撃の目的は最後の一羽までにある、
いらいらとして無目的な射撃は
ただ標的を飛立たしてしまふだけだ――、
なんといふ貴重な教訓だらう、
アイヌは和人よりはるかに科学的である、
仕事は組織的だ、
狙ふものの、生活をよく理解し、
その習性を観察してゐる。
彼は集つてきた山鳥に
いかに肥えて美事な一羽がゐようと
高い梢に停まつてゐるものから
最初撃ち狙ふことをしない、
高いところのものを撃つ、
すると下の枝のものはみな
落下する仲間をみて
驚ろいて飛び立つてしまふからだ、
彼は一番自分の手近なところから、
それは標的として可能なところからだ、
下の枝にとまつてゐる鳥から順々に
次第に上の枝のものに移り射撃してゆく、
最後の高い梢にとまつた山鳥を
撃ちおとしたときはそれで全部だ、


    17

獲物を驚ろかすことは意味がない
銃は若い山林官の手に握られてゐる
ただそれだけである、
銃はアイヌの大きな手の中に握られてゐる、
鉄と木と、火薬と標尺とを
綜合されたものは鉄砲
アイヌにとつては肉体の一部のやうに
生きて使はれてゐる
山林官の銃は新式で
ケースは更に中味よりも立派であつた、
権太郎の銃はもう二十年から
使ひ古され旧式なものであつた、
山林官はアイヌ達から
さまざまのこと柄を学ぶことができた
いつも狩猟には権太郎を先達に頼み、
たがひに気のおけない冗談をいひながら、
山から山を渡りあるくことを好んだ、
いつものやうに彼は
権太郎の小屋を
銃を肩にしていま訪ねたのであつた、
犬の毛皮を幾枚も敷いたり、
巻いたり、掛けたりして、
前へ 次へ
全34ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング