従つて生活の経験が異状であり
個性もまた異状であつた、
強い正義人たちがこれらの
人々の中に数多く混つて
大きな憤懣をいだきながら死んでゆく、
自然界の四季の変化が快楽であり
人間を嫌ふとき
山野には獣が彼等を歓迎した。
だが日本人たちは
この山野の獣たちにも
アイヌのやうに真に迎へられてはゐない、
日本人は狩猟が下手であつたし、
撃ちとつた獣の皮を剥いで
骨や死骸を平然と捨てさつたが、
アイヌたちは獣の骨を無数に
小屋の周囲に飾り立てた、
14
彼等はこれを朝夕熱心に祈り、
獣の死の追憶を決して忘れようとしなかつた。
日本人は獣を祈ることさへできない
獣を撃つことは涯かに
アイヌ達より本能的であり、
************
平然として悔をしらなかつた、
山林官も最初火薬の炸裂する快感を味ひ
獣を追ふ本能から猟を始めた
たつた今兎が林の中を過ぎた
梅の花のやうな可憐な足跡は
雪の上にどこまでも続いてゐる
彼は何時でも発射できるやうに
銃を構へて熱心に足跡を辿つた
だが何としたことだ、
足跡は切れたやうにぱたりと停つてゐる、
天に駈けたか地に潜つたか、
皆目行き先が判らなくなつてしまつた、
彼は当惑し頭を掻きむしり残念がり、
そして連れの権太郎に救けを求める、
――シャモ、兎に
馬鹿にされてるて、アハハ
とアイヌは腹を抱へて笑つてゐる、
そして権太郎は説明する、
かしこい兎は何時も追跡者のあることを
どんな場所でも予期してゐる、
プツリと足跡を切らしてしまふ、
兎は足跡を切るところで
数歩同じ足跡を逆戻りする
そして兎はそこで右へか左へか、
大きく精一杯脇の方へ
横とびに跳躍してしまふ、
そこからまた雪に新しい足跡をつけて進んでゐる、
15
林の中で山鳥達を呼集める笛を
かくれながらしきりに吹く
すると山鳥たちは騒々しく
方々から集つてきて
笛を吹いてゐる上の樹の枝に
まるで鈴なりにならんで
嘴で突つきあつたり、おしやべりをしたり、
ざつと数へても三十羽はゐる、
射撃の位置はよし、銃は上等だし、
獲物はまるで手が届くところにゐる、
山林官は狙ひをさだめてズドンと撃つ、
だがどうしたことだ、
たかだか一二羽落ちてきたり、
時には一羽も撃つことができない
みんな羽音をたて、
驚ろいて逃げてしまふ、
一二羽を撃つために
呼笛をふいて三十羽も
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