いて飛び上る
――いゝ、畜生
  こんな豚喰へるか、
  こんな豚喰へるか、
いやといふほど娘の横ツラを殴りつけ
恐怖にふるへる娘を尻目に
兵士たちはプリプリ怒つて集合する、
彼等は頭を痙攣のやうにたて横にふりながら
畜生、畜生とうなる、
ひしひしと迫る饑餓と疲労とに
――もう、この世に
  喰へるものといつたら
  何一つないんだ
彼等は心にかう思ひこんでしまつた
――中隊、前へ
――中隊、駈け足
兵士たちは理由のわからぬ憤怒が
しだいに波のやうに
高まりこみあげてきた、
敵が近づいてくるやうな予感が
一層この憤怒をけしかけた、
プラムバゴ中隊の兵卒は
中隊の列に野良犬が迷ひ込むと
スパリと剣で首を切り落す、
木の枝が足をすくつたといつては
畜生奴と切りつける、
走る中隊を追ひ風は助け、
中隊の後には
一群の植物プラムバゴも
ぞろぞろついてゆく、
唾を吐き、目をいからし、泣き、絶叫し、
沈黙し、走りながら小便し、
眠りながら怒号し、
砂地をすぎ、草原をすぎ、丘をすぎたとき
行手の銃声は豆を煎るやうに
益々はつきり聞えだし、
中隊長の顔は緊張し、
兵士は焼豚と蒙古娘をののしり、
草を剣で切り倒しながら走りつゞける、
丁度その時、プラムバゴ中隊と
同じやうな心理状態、
同じやうなスピードで、
走つてきたのは日本の一個中隊、
丘の高みで二つの敵味方がぶつかつたとき、
指揮官たちは思慮深く後退し
樹の蔭に立膝をついて
たゞ一語、突撃――と叫んだ、
黄色い土埃りが、帯のやうに天に舞ひ上り、
高く前脚をあげた大きな馬が
二頭取つ組み合つて
しばしもみ合ひ
金具をガチャ/\鳴らすやうに、
何か不快な金属の触れ合ふ音がしたかと思ふと、
プラムバゴ中隊の全員の上着は
みるみる真赤な上着になり
でも勇敢に、剣をふりまはし
日本兵に切りかゝり
口々に彼等は叫ぶ、
――こん畜生、
  こんな豚喰へるか、
  こんな豚喰へるか。



空の脱走者


機関士

舵をあげろ 同志ワフラメヱフ
君はなんといふ眼をするのだ
そんな眼差しを何処に隠してゐたのだ。
我々の飛行隊では
君はけつして、そんな悲しさうな
表情をしたことがなかつた。

操縦士

心はいつも泣いてゐたさ、
心は眼には反映しなかつた、
ソビヱットの現実に追従してきたのだ。
ゲ・ベ・ウに対する恐怖は一日ごとに大きくなつた。
恐怖が
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