れらのものは最後には
仲間喧嘩の掴み合ひを始める、
指揮官の声を後頭部が
次ぎ次ぎと引き取つて
――命令を伝へるだけだ、
兵卒がこんな心理状態に陥ると
指揮官は機嫌がよい、
敵に接近するまでは
指揮官はこの兵士の固まりを
右に廻り、左に廻り
あらゆる側面から声をかける、
小さな村に到着したとき
兵卒たちはヘトヘトになり
家の土壁にそれぞれもたれた、
すると村の人達はぞろぞろ現れて
プラムバゴ中隊が
掠奪をしない先手をうつて
大きな豚の丸焼を三頭
広場の真中にもちだした、
まだ尻尾のあたりの毛が燃えてゐるほど、
ほやほやの焼きたて豚、
火にあつた豚奴はすつかり
脂肪のかたまりの本性を現はして、
ギラギラ光り、図々しく横たはり動かない。
なんといふ充実した食物だらう。
兵士は四方の家の壁から
ゾロゾロと村の広場に集まつてきた、
豚の丸焼をとり囲んで
たがひに首をかしげだし、
何か遠いところの物を
考へるやうな眼つきで
とろんと豚を見下ろした
子供がお化けのキンタマを
みつけたときのやうに――、
そろそろと、おつかな吃驚り
指をもつて豚にさはつてみる、
――さあ、兵隊さん沢山召上れよ、
兵士はそれには答へずに言つた、
――いつたい、これは何だ、
――まあお前さん達は
何処の国の兵隊さんだね、
支那の兵隊さんが
豚を忘れてしまふとは、可哀さうに、
よつぽど腹がすいて、眼がくらんだのだらう、
豚だよ、豚だよ、
そつちが頭で、こつちが尻尾だよ、
お前さんが糞をすると
尻をいつもナメてくれた、可愛い
あいつだよ、
――ああ、あいつか、豚か、
――みんな来い、それ豚だ、
プラムバゴ中隊は食慾の混乱に陥つた、
そしてたがひに争つて
何処から先に喰はうかと
たがひに躊躇してゐる風だつた、
その時だつた、
中隊長はじつとこの光景を見てゐたが、
彼は胸を張り、大きく一つ呼吸をしたと見る間に
天地に轟く声を張りあげて
――中隊、出発
と呶鳴つたものだ、
豚を囲んでひしめき合つてゐた兵卒たちは
驚いて地上に一尺も飛び上り
瞬間、不動の姿勢をし、
たちまち味覚の妨害に憤りが爆発し、
腰の剣を一斉に抜き放ち
たがひに口々に
――畜生、
こんな豚喰へるか――、
こんな豚喰へるか――、
と気狂ひのやうに豚に切りつけ、
唾を吐きかけ
豚の原型をなくするほど
切つて切つて切りま
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