絶叫する
――胸が痛い、と
なんといふすばらしい唯物主義者だらう、
プラムバゴ中隊は
ぞろぞろ行軍する、
プラムバゴとは中隊の名ではない、
プラムバゴとは支那、満洲の植物の名だ、
丸い四斗樽程の大きさの
ホホキ草に似た草だ、
こいつが曠野に無数に散在する、
プラムバゴは可笑しな奴、
プラムバゴはブラツキ主義の哲学者、
プラムバゴは空を飛びあるく草、
プラムバゴは地を転げ廻る草、
プラムバゴは偉大な生活力をもつた草、
プラムバゴが数百、地平線から
突如として現はれた、
太陽は大きな口で
ガブリと砂漠に噛みついた、
そして『熱い!』といつて砂を吐きだした、
乾燥期になると
プラムバゴは葉を巻いて、根が枯れて、
風がどつと吹きすぎると
ひとたまりもなく根こそぎに
地上に放り出されてしまふ、
それからこの植物は
広い満洲中をあてどもなく
風におくられてコロコロと転げ廻る、
兵隊はフットボールのやうに
こいつを足で、あつちこつちへ蹴飛ばし合ひ
――プラムバゴは今頃になると
きまつて死んだ真似をしやがる、と
声を合はして可笑しがる、
プラムバゴは徹底した無抵抗主義か、
いやいやこ奴は仮死の状態で時期を待つ、
やがて満洲に湿潤期がくると
プラムバゴは遠慮勝に根を出し
巻いてゐた葉をそろそろと
普通のやうに開きだし、
飛んで来た処、行きあたりばつたりに
自分の居るところに根をおろす、
満洲の激しい風に
この小さな植物は、いつも根こそぎにされるから
何時の間のにか種属保存と
本能的な自体保護とを覚えてしまつた、
空を飛びあるく奇妙な植物
きのふは百支里、北に――
けふは二百支里、南へ――
支那の兵隊は
戦争が終ると旗を捲いて四方に散る、
季節がくれば集る、
そして満洲の大舞台を出没自在、
まるで彼等はプラムバゴのやうだ。
この愛すべきプラムバゴ中隊が
何故、日本軍に全滅されたかを語らう。
黄色い、土の小さな丘陵のかげに
プラムバゴ中隊がかたまつてゐた、
前面には日本軍がゐる筈だつた、
しかし姿が見えなくて
指で肋骨をたたくやうなゴボンゴボンといふ
射撃の音が遠くにきこえた
兵隊は何れも応募兵、
メリヤスシャツの工場から飛出してきた男、
生れつきの浮浪人やら、
兵器廠を首になつた男、
印刷工場の植字工上り、
その顔触れは種々雑多で
日本の失業者の顔触れを集めたものと
同じやうな産業別だ
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