紗のウスモノを着せたり
鉄のヨロヒを着せたり忙がしい、
猛る観客のために
舞台には奔馬をひきだす、
血を欲する観客のために
私はほんとうに血を流してみせねばならぬ、
観客よ、
私にほんとうに死ねといふのか、
――あいつは変な存在だし
足手まといな三文役者だ、
とつとと血を流せ
と君は言ふのか、
まてしばし
わが友よ、民衆よ、
私の詩人にいま暫らく
生き永らへさせよ、
私をして焔[#「焔」の火へんを炎にしたうえで、へんとつくりをいれかえた字、焔の正字と同字]のセリフを
舞台から吐かせろ――。
いまや私は決闘の時間だ、
私に悠々閑々たる
たたかひの時間を与へよ、
いまや私は食事の時間だ、
舞台の上のレストランだ、
ビールはほんものだし、
ブクブク泡の立つた奴だ、
私はこいつをグイとひつかけて
幾分酔ふ、
滑稽なコロッケに
憂鬱なソースをかけて喰ふ
私の演技の
こまかいところを買つてくれよ。
ウラルの狼の直系として
――自由詩型否定論者に与ふ――
お前詩人よ
己れの才能に就いての
おもひあがり共よ
天才主義者よ
腹いつぱい糞尿のつまつて立つた胴体よ、
君等の詩は立派すぎる
おゝ、りつぱとは下手な詩を書くことだ、
私は才能などといふものを
君たちのやうに盲信しないから
君たちのやうな立派な下手さで詩をかゝない
真実を語るといふことに
技術がいるなどとは
なんといふ首をくくつてしまふに
値する程の不自由な悲しさだらう、
すばらしいことは近来
人間たちがどうやら
苦しみと喜びの実感を歌ひだしたことだ、
悪魔は腹を抱へて笑つてゐる
日本の詩人もどうやら
地獄に墜ちる資格ができた――と
フレー、フレー日本の詩人、
醜態をいち早く現はしたものが
詩人としての勝だ
私は醜態を
真先にさらけ出してそして勝つた、
気取り屋と、嘘吐きと、こけおどかしと、
頭も尻尾もない散文詩型から
足をちよつと出してみたり
手を一寸だしてみたり
そのうごき廻る格好は
アミーバそつくり
そもそもこれらの
蟻地獄の詩型の苦しみは
散文へのナガシメから出発した、
私のやうに極度に
馬鹿な頭で
単純な苦痛の訴へ手は
智識の複雑な方々には
到底お気に召すまい
おゝ、才能あるもろもろの詩人よ、
醜態と過失を
永久に犯すことを怖れてゐる神よりも
王よりも立派な人たちよ、
すべてこれらの人々の言はれること
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