《のど》のために
絶叫する機会を与へてやれ、


まもなく霜が来る

さまよへ私の魂
春から冬までたどりつけ
私は季節の渡り者
髪は女のやうに乱れ、
こゝろもまたそのやうに乱れる、
そして男の中に、男と生れたことが
幸福であるか
ふしあはせであるかわからない、
もし良い世界がやつてきたら
私のやうな女性的なものは
なんの必要もないだらう、
ただ今はあらゆる男たちも
女でさへも
尚男性的に
生活に憤らねばならない
魂を怒りに勃発させることは
一人でも多い方がいゝのだから、
いくたびも春から冬まで
さまよふ
甘やかされてゐる男のために
罰はいつぺんにやつてくる、
我々はそれを怖れよ、
生活の中から正しい答へを
ひき出さなければならない
もう間もなく霜がくる、
葉は凍えようとしてゐる、
伊達《だて》なマントは綺麗だ
だが包まれた体ははげしくふるへてゐる、


ヴォルガ河のために

ヴォルガ河よ、
わが友よ。
流れよ
私は君を見たこともなければ
また君の流れの響をきいたこともない
ただ君が悠々たる水のかたまりを
陸続として
どこからともなく下流にむかつて
押しだしてゐることを知つてゐる、
しかも君は我々の住む同じ星の下にあつてである、
星、瞬くものは数億であつて
君の流れの響もまた無限である、
ヴォルガよ、
春はこゝに一片の花を押し流して
岸辺、岸辺に、その花を寄せ、
また岸から引離して
水と花びらとは気の向いたまゝに
連れ立つて行くであらう、
そして君の水面をすべる船には
見るからに質朴で頑丈な船人が
じつと水面をいつまでも見ながら
あるときは君にさからひ、
あるときは君に柔順であるだらう、
もりあがるヴォルガの感情
それに答へ得たところの
こゝに平凡な様子をした男が
偉大な河に竿さして
降るのを私は想像する、

あゝ、ヴォルガ河よ、
君はかつて幾度か裂けたであらう、
君はきつと怒りとウメキのために
立ちあがつたであらう、
あの時銃は沈み
河底の泥に今でも深く突立つてゐる
ムセ返る火薬の匂ひは
君の流れの上に
かげらふのやうに漂つた
うなだれて逃げる百姓の群を追つて
肥えた馬にのつた騎兵の一隊は
ヴォルガの岸辺で百姓達を
ことごとく滅ぼしてしまつたであらう、
そのときヴォルガよ、
お前は、それらのことを目撃した、
お前は怒つた、
歴史を流す河として
さまざまの事実を正しく
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