前進してゐる、
その証拠には
君は靴の裏をみせ給へ、
そんなに減つてゐるではないか、
我々は約束しよう、
全感情をもつて――、
我々は共に旅をつゞけると、
あゝ、運命よ、
我々の運命よ、
私は幾度もこの言葉を
繰り返していつも心におもふ、
なんと魅力たつぷりの
言葉だらうと――
更に、更に、我々の運命を
魅力多いものにしよう、
我々の運命は我々の手によつて
如何やうにも切りひらかれるのだから。
ふるさとへの詩
ふるさとよ、
私は当分お前に逢はないよ。
お前は泰然自若として、
不景気のソファに
腰をおろしてしまつたね、
とにかくお前は
私の生みの土地ではあつたが、
たゞ私に瞬間、産声をあげさしたところ
お前は邪険ではなかつたが
決して親切とは言へなかつたよ。
私はミルクで育つたから
ママ母より、
私は牛がなつかしいよ。
ふるさとよ、
くる/\渦巻く水が谷間にあつた、
あそこは非常に静かなところであつた、
ピチピチとヤマメや岩魚が跳ねてゐた、
針をおろすとすぐ魚は針に飛びついた、
だから釣なんか、ちつとも面白くなかつた。
自若として落ち着いた
ふるさとの不景気な山よ、
炭焼小屋はケチな宮殿であつた、
あの小屋の中には
国民が一人ゐたつけ、
忠良な国民がさ、
蕗の皮をムイて
そいつを手でポキン/\と折つて
鍋にブチ込んで煮て喰つてゐた農民がさ、
あの六十数歳の国民はどうしたらう、
おゝ、ふるさとよ、
カタツムリのヨダレか、
お蚕のやうに
私の記憶から綿々とひきだされて
尽きないものよ、
私は当分の間お前に逢へないよ、
*をつけるために
お前が立ちあがるために
いつもぽけつとに*を忍ばせてゐる
悪人になつたよ、
――金持どもが我々を悪人だと言ふんだ
私たちは
いまとても陽気に押し廻つてゐるんだ
我々の所謂、悪人は、仲間は
ふるさとよ、
みんなお前をなつかしがつてゐるよ。
瑞々しい眼をもつて
瑞々《みづ/\》しい眼をもつて私は君を見る
君は、それに瑞々しい眼をもつて答へよ、
答へるべきだ、答へる義務があるだらう、
私はそれを、君に強制する、
君はハラワタを隠すな、
ズルイ魚屋のやうに、
理論的な水をぶつかけて
ウロコを新しさうに見せかけるな、
君を喰つたものは
みんな下痢するだらうから、
足から始めて
腰、胴、胸、眼と
おづおづ相手を、下から見上げることをやめよ
まつすぐに相手の眼をみて、
瞬間にして理解しろ、
峠の曲り角で
熊と人間がぱつたり逢つた
熊はそつぽを向いた、
人間もそつぽを向いた、
そして無事に行き違ひになることができた、
生物たちはそのやうに
たがひに眼を見合ふことを恐れる
君よ、そのやうに無事でありたいのか、
若し君の眼が熱した眼であれば、
私は君に倒されても悔いない、
私は一人の同志をスパイだと公言した、
私は熱した眼をもつて
無言で追求した、
私はあやまつてゐた、
彼は全く良い男であつた、
そのために私は何日苦しんだらう、
いまでもそのことを思へば
身体中の毛穴が
いちどに汗をかく、
一切の誤解は、生々しい眼をもつて
たがひに眼を見合はさないことから発する、
眼よ、階級的直情を自負してくれ、
私は君の直情に答へるに
どのやうな義務でも負ふだらう、
そのやうにして、そのやうにして、
そのやうにして、
あゝ、それはボウフラの
わいた眼でなく、
瑞々しい眼をもつて
数千、数万の眼をもつて
一つのものを溶かさう、
トンボは北へ、私は南へ
金とはいつたい何だらう、
私の少年はけげんであつた
ただそのもののために父と母との争ひが続いた、
私はじつと暗い玄関の間で
はらはらしながら二人の争ひをきいてゐた、
母はいつまでも泣きつづけてゐたし
父は何かしきりに母にむかつて弁解したゐた、
朝三人は食卓《テーブル》にすわつた
父が母に差し出す茶碗は
母の手に邪険にひつたくられた
父はその朝はしきりに私をとらへて
滑稽なおかしな話をして笑はせようとしたが
私はそれを少しも嬉しいとは思はなかつた、
金とはなんだ――。
親たちの争ひをひき起すもの
あいつはガマの子のやうなものではないか、
ただ財布を出たり入つたりする奴。
私はそつと母親の財布をないしよで開けてみた、
だが財布のガマの子は
銀色になつたり茶色になつたり、
出たり入つたり、しよつちゆう変つてゐた、
なんといふおかしな奴。
しかしこいつは幾分尊敬すべき
値打のあるものにちがひない、
少年の私はこの程度の理解より
金銭に対してはもつてゐなかつた、
童話《めるへん》の中の生活は
生活の中の童話《めるへん》でもあつた、
現実と夢との間を
すこしの無理もなく
わたしの少年の感情は行き来した、
だが次第に私は刺戟された、
現実の生々しいものに――。
そして私に淋しさ
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