まり
ニュームの容器を
腹の下に置いてしぼりだすと
乳は容器を鳴らして雨のやうな音をたてた、
最初は、タンタラ、タンタラと小雨のやうに、
やがては嵐のやうに――。
私は職業を恥ぢた、
生活とはこのやうなものか、
現実の乳しぼりとは、このやうなものか、
お前の暗黒の体内から
白い甘いものをしぼり
出さなければならないかと
ながいこと、私は自分の仕事に苦しんだ、
ある時、私はお前のとばしり出る乳を
顔にかけられて
私は乳をもつて眼を洗つた、
すると私の眼はパッチリと冴え
一切の周囲が
思ひがけない喜びに満ちた世界に見えた、
私は驚ろき太陽は燃えたち、
草はまつすぐに、生気があり、
雲雀は歓喜の歌をうたひ、
其処には宿命的なものは一つもなかつた、
曾つて卑しい苦痛の生活と思つた
乳しぼりの友達は
喜びをもつて、牧舎から出てきて
日課を完うしてゐた、
板囲ひを修繕してゐる大工も
牧場の路をつくつてゐる土工も
すべての労働者は元気があつた、
しかも牛達の声は高く
その大きな乳房を露出《むきだ》して
――今日もしぼれ、
明日もしぼれ、
あさつてもしぼれ、
私は草を食はう
乳を貯へるために――と
私にむかつて牛は優しく元気づけてくれた、
私は感動をもつて、この永遠の乳房に取つつき、
熱意と、熟練とを確信し
はげしくとばしり出る甘いものを
我々のための我々の乳をしぼり始めた、
かつて苦痛であつた仕事が
このやうに喜びをもつて為されるといふことは
ただ、あやまちに乳をもつて
眼を洗つたためだけでは無いであらう、
それは私がこれまで余りに生活の
小さな影に居たからだ、
運命が私に乳をしぼらせてゐたからだ、
いつも乳をしぼる私は
牛の体が太陽の光りをさへぎつてゐたから、
現実とは――牛のやうに何時も
悲鳴をあげてゐるものと考へ込んでゐたから、
晴々とした、宇宙の中の牛よ、
私の乳しぼりよ、
眼をあげよう、
若者よ、
確信をもつて現実からしぼらう、
――今日もしぼらう、
明日もしぼらう、
我々の為めの我々の乳を――
きのふは嵐けふは晴天
広野を
嵐と好天気とは
スクラムを組んで
この二つのものは一散に
南から北へ向けて走つて行つた
これを指して
人々は気まぐれな奴等だと批評する、
嵐と好天気――
およそ一寸考へると仲の悪さうな奴
私はさうは思はない
私はそのやうに
嵐の歌と日本晴の歌をうたふ
きのふと今日は激しくちがふ
私は何故そのやうに気まぐれであるか
私の過去はなんと不幸な生涯だつたらう、
私の首はいつも敵に咬へられてゐた、
私の生活はいつもふり廻された、
きのふは嵐、
けふは晴天、
明日はおそらく嵐だらう、
私は嵐と晴天の混血児だ、
私の生活は激変する空のやうだ。
貧乏とはそもそも詩であるか――
時折さう考へる
それほどにも私は詩を書いて
貧乏とたたかひ、
詩を書いて――自殺を思ひとどまる、
詩よ、私の生活、
私のタワリシチよ、
どうやら詩と私とはぴつたりしてゐるらしいんだ、
批評家よ、聖者よ、
プロレタリアの感情の規律を
どう理解したらよいか
それを私に教へたまへ、
おゝ、女の唇よ、現実よ、
かく歌ふその気まぐれに鞭を加へよ、
ぶつぶつ言ふ友よ、
君のために、君の鳴らない太鼓と
おつき合ひをして調子を落して
叩くなどといふことは死んでもいやだ、
君は君の太鼓の皮を取りかへ給へ、
私は私の太鼓を乱調子でうつ、
それが私の太鼓の個性なんだ、
すべての敵よ、私のために現はれよ
いりみだれた戦ひの美しさ、
私は反抗以外に何事も忘れた、
友よ、
君へ『ゾラ』の理性を引渡す、
私はシヱ[#「ヱ」の小文字]クスピアの狂気を引受ける。
魅力あるものにしよう
友よ、
私が突拍子もない声を出しても
驚ろいてくれるな、
君が悲しんでゐるときに
私が楽しく歌つてもゆるしてくれ、
君が笑つてゐるときに
私が悲しんでゐるときもあるのだから。
共に自由に
泣いたり、笑つたりしよう、
そして私達の将来の運命について考へてみよう、
たがひに離れ離れに住んでゐても
寝床の中で、そのことをじつと考へてみよう、
明日は街角で逢はう、
感想を述べ合はう、
私は夜通し泣いてゐても
君にはきつと笑顔をみせるだらう、
――私はさうした性格なのだから、
私を誤解しないでくれ友よ、
私はほんとうに
我々の運命を愛してゐるのだから、
――よし今日の運命が
よきにつけ
悪しきにつけてもさ、
私達は明日を約束できるのだから、
おゝ、我々が今現に立つてゐるところ
そこは曾つて我々が
遠くでみつめてゐた地平線であつたのだ
さらに、私達は眼をあげよう、
前方をみよう、
そこには新しい、暁の地平線があるだらう、
いくつかの地平線を越えた、
このやうに我々は
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