がきた
次いでそれをはぎとらうとする努力をした、
私はぼんやりと戸外にでた
そして街の空を仰いだ、
この山と山との間に挾《は》さまれた小さな町に
いま数万、数十万とも知れぬ
トンボの群れが北へ北へと
飛んでゆく
私の少年はおどろき
なぜあいつらは全部そろつて北へ行くのか
あいつらは申し合せることができるのか
素ばらしい
豪いトンボ、
何処へ何をしにゆくのだらう、
なかには二匹が
たがひに尻と尻とをつなぎあはせて
それでゐて少しもこの二匹一体のものは
飛ぶことにさう努力もしてゐないやうに
軽々として飛ぶ群に加はつてゐた、
それを見ると私は
理由の知れない幸福になれた、
そしてそのトンボの群の
過ぎ北へ向ふ日は幾日も幾日もつゞいた
私はそれを毎日のやうに見あげた
夜は父と母とが夜中じゆうヒソヒソと
金のことに就いて争つてゐるのを耳にした、
私は金銭や、父や、母や、妹や、
其他自分の周囲のものではなく
もつと遠くのもので
きつと憎むべき奴がどこかに隠れてゐるんだなと考へるやうになり
そいつと金とはふかい関係があるやうに思へた
またそれを探らうとした、
トンボは北へとびそれを見る私の少年は
トンボを自分より幾倍も
豪い集団生活をしてゐるものゝやうに考へ、
そしてしだいに、自分が愚かなものに見え反逆を覚えだし
トンボよ、
君は北へ揃つて行き給へ、
僕は南の方へでかけてゆかう、
さういつて私の少年は南へ向けて出奔した、
最初の反逆それは
私は故郷をすてることから始まつた。
なぜ歌ひださないのか
さよなら、さよなら、
さよならと歌ふ
中野重治よ、君は
最後の袂別の歌をうたふ
赤まんまの花を歌ふなと、
君は人間以外のものに、
事実は人間そのものにも――
最後の否定的態度を示した詩人だ。
君は最後の――、
そして私は最初の
肯定的詩人として今歌つてゐる
中野重治よ、
ブルジョア詩の技術の引継ぎでは
我々の陣営での
クライマックスを示したのは君だ、
だがそれはインテリへ伝はつたが
労働者へは伝はらない
それは君がプロレタリア詩人として
攻勢の詩人ではなく
守備の詩人であつたからだ、
もし君と私とが仮りに
枕をならべて自殺したとしたら
世間の人はなんと噂するだらう、
中野重治は悲観して死んだと
そして小熊も同様に悲観してか、
いやいや私の場合はちがふ、
私は全く違ふのだ、
私は大歓喜のために
死を選ぶといふことも考へられるのだ、
生も肯定し
死も肯定する
私は何といふ慾張りだらう
中野重治よ、君はなぜ歌ひださないのか、
女達が味噌汁の歌をうたふことも肝心だが、
男達は「力」の歌を
うたふことがより必要だから
君は君の魅力ある詩のタイプを
再び示せ
たたかひは
けつして沈滞してはゐない、
たたかひはいまたけなはだ、
守備のために――、
攻勢のために――、
それはどのやうなタイプであつても構はない、
たたかひのために
我々は技術のあるつたけを
ぶち撒けよう、
太陽へ
それ夕暮がきた、朝だ、
昼だ、
もう夕暮がきた、
一日の通過のすばらしい早さよ、繰返しよ、
あいつ太陽よ、
草を一瞬間、温ためて去る、
お前は、我々のめまぐるしい生活に
手錠をはめて引きずつてゆく。
コンクリーの上を、砂利の上を、
丘陵の上を、河の上を、
あらゆるものの上を、
あらゆるものに影を与へて
その影を片つぱしから消してゆく。
太陽よ、
約束をしろ、
われわれの待つてゐる出来事を、
われわれのために
美しい五色のテープを
投げかける日を誓約せよ、
お前は早く通つてゆく、
だが我々は冷静でありたい
お前はまたのろのろと通つてゆく、
だが我々は興奮しよう、
お前は年とつた姉のやうに
我々を愛してはゐるが理解がない、
お前は急速に
光つた繩を引きずつてゆく
そしてあらゆるものの足を光りでさらふ。
暁――、お前は恐怖の入口から現れて、
夜――、お前は恐怖の谷に隠れる、
恐怖と恐怖の中間に
人間は無数に往復するばかりだ、
虫は人間よりも
ずつと悠然と飛びまはり
はにかむ事を忘れないのは花許りだ、
暁、お前太陽は我々を引ずつて行つて
夜の中においてきぼりにする、
我々は生活のために充実した夢を見るか、
でなければ馬鹿々々しい忘却の夢だ。
太陽よ、
出口を示せ、出口を指させ、
入口があつて出口のない
世界があるとは私は信じられない
探す、そいつを、探せ、君も、
あいつ太陽が
暁と夜とをすばやく走りさる
一瞬間の時間に急速に。
接吻
ロシヤ人よ
君達の国では
――たふれるまで飲んでさわいだ(註1)
あのコバーク踊りは、もうないだらう。
だが悲しむな、
ドニヱプルの傍には
君等の心臓は高鳴り、踊つてゐるだらうから、
君等は飛び立つた、夜鶯《ナイチンゲール》のために悲しむな、
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