めよ
まつすぐに相手の眼をみて、
瞬間にして理解しろ、
峠の曲り角で
熊と人間がぱつたり逢つた
熊はそつぽを向いた、
人間もそつぽを向いた、
そして無事に行き違ひになることができた、
生物たちはそのやうに
たがひに眼を見合ふことを恐れる
君よ、そのやうに無事でありたいのか、
若し君の眼が熱した眼であれば、
私は君に倒されても悔いない、

私は一人の同志をスパイだと公言した、
私は熱した眼をもつて
無言で追求した、
私はあやまつてゐた、
彼は全く良い男であつた、
そのために私は何日苦しんだらう、
いまでもそのことを思へば
身体中の毛穴が
いちどに汗をかく、
一切の誤解は、生々しい眼をもつて
たがひに眼を見合はさないことから発する、
眼よ、階級的直情を自負してくれ、
私は君の直情に答へるに
どのやうな義務でも負ふだらう、
そのやうにして、そのやうにして、
そのやうにして、
あゝ、それはボウフラの
わいた眼でなく、
瑞々しい眼をもつて
数千、数万の眼をもつて
一つのものを溶かさう、


トンボは北へ、私は南へ

金とはいつたい何だらう、
私の少年はけげんであつた
ただそのもののために父と母との争ひが続いた、
私はじつと暗い玄関の間で
はらはらしながら二人の争ひをきいてゐた、
母はいつまでも泣きつづけてゐたし
父は何かしきりに母にむかつて弁解したゐた、
朝三人は食卓《テーブル》にすわつた
父が母に差し出す茶碗は
母の手に邪険にひつたくられた
父はその朝はしきりに私をとらへて
滑稽なおかしな話をして笑はせようとしたが
私はそれを少しも嬉しいとは思はなかつた、
金とはなんだ――。
親たちの争ひをひき起すもの
あいつはガマの子のやうなものではないか、
ただ財布を出たり入つたりする奴。
私はそつと母親の財布をないしよで開けてみた、
だが財布のガマの子は
銀色になつたり茶色になつたり、
出たり入つたり、しよつちゆう変つてゐた、
なんといふおかしな奴。
しかしこいつは幾分尊敬すべき
値打のあるものにちがひない、
少年の私はこの程度の理解より
金銭に対してはもつてゐなかつた、
童話《めるへん》の中の生活は
生活の中の童話《めるへん》でもあつた、
現実と夢との間を
すこしの無理もなく
わたしの少年の感情は行き来した、
だが次第に私は刺戟された、
現実の生々しいものに――。
そして私に淋しさ
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