ね。』
斯ういつて母親は
両手でしきりに息子の手をさすつた。
看守は烈火のやうに怒つた。
『よせ、飛んでもないことをしやがる。』
鬼奴は床をドンと
金棒で突いてイキリ立つたさうだ。
俺はこの話をきいたとき
母親とは、息子の手が冷めたい時は
手をさすつて温めてくれるものと始めて知つた。
俺にはそんな経験はないんだ。
なんといふ母とは優しいものだらう。
獄中の同志は
どんなに嬉しかつたらう。
俺たちは皆で
俺達の敵、ブルジョアを憎まう。
  母と息子の愛情を引き裂く奴。
  夫と妻との愛情を引き裂く奴。
  兄と妹との愛情を引き裂く奴。
俺達は誓はう。
奴等の臓腑は今に見ろ
ことごとく引き出して見せると。

母とは菫の花か、
それともチューリップのやうな優しいものか、
俺はその形を見たことがない。
俺の知つてゐるものは
同志の間の愛情だけだ、
そして激しい闘争のあひ間、あひ間に、
母親らしいものを探して見よう、
ビッショリと汗を掻くほどに
心ゆくまで敵と闘ふ、
そして野原に出て
風に吹かれたら、
母とはきつと春のやうに、
俺の手や頬を、優しくさすつてくれるものだらう。


代表送別の詩


前へ 次へ
全43ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング