2
私はここを立ち去ることができない
私は永久にそこを立ち去らないだらう
丁度、地球の天文学者が
シルシス・マジョル運河とか
マレー・アキダリウム湖とか
さまざまの名前を火星につけてゐるやうに
私は古い城にも、古い水にも、古い石垣にも、
私流に名前をつけて楽しむ
古城の遠い物語りを
近いところから語ること――
逆に古城の近い出来ごとを
遠いところから語らなければならない――、
この二つの矛盾は悲劇であることを知つてゐる
私の心と眼玉は
天文学者の対物レンズのやうに
距離の悲劇を経験してゐる、

     3
美しい周囲を
やけつくやうな眼で見渡してゐる
私の視線は石にぶつかつて跳ねかへる、
いつたんぶつかつた視線は
ふたたび眼の中にかへつてくる、
なんといふことだ――、行為は、
ふたたび、もとの位置に戻るために行はれた、
人々はむなしい努力と無力を嘆く、
昼も夜も、あらゆる時を空費し、
夢の中に、更に夢を重ねてゐる、
一人の生きた亡霊は
飾りのついた塗りの箱の上に腰かけてゐる、
箱の中には『歴史』といふ伝来物が充満してゐる、
千の万の生きた亡霊が
ガヤガヤとそのまはりを取
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