ばならないことを。
早く、早く、
繊細な神経よ、
汀を去つて沖へ出てくれ、
早く、早く、
コメカミから頭痛膏をはぎとつてくれ、
中将湯で体が温まつたら、
男よ、女のやうな男に
おさらばをしてくれ、
生きながら
刺身になるやうな
生活のくるしみで横たはつてゐる
じつと動かぬ馬鹿々々しさに
誰か醤油をかけてくれ、
そして私は弾《はじ》けたのだ。


古城
 ――湖水の底に沈めるサロン――ランボオ

     1
高層建築の間から私は出た
広々とした場所へ――、
電車の停留所にはさまざまの服装をした人が立つてゐた
人々の頭がかしがつた袋のやうにみえた、
生活の疲労と哀愁とで
ザクザク鳴つてゐる小豆の袋のやうであつた、
一人の乞食が通つて行つて
ボロを長く地に引きずり
電車路を踏みきつて
古城のみえるあたりに出た
彼はそこでじつと城をとりかこむ
みどり色の古い水の面をみてゐた、
なにに感動したのか
或は悪感に襲はれたのか
乞食はブルブルと身ぶるひし突然顔をあげた
それから仕事を思ひ出した事務官のやうに
そはそはと歩るきだした、
その時、私もじつと古い水をみてゐた
乞食の後姿にむかつて
――謙遜
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